土壌学概論レポート(明治大学)



土壌学概論@明治大学(2015.1.19)   担当: 溝口勝

レポート課題

講義資料を読み、かつ講義を聴いた上で、「あなた自身ができそうな被災地の農業再生について」考えを述べよ。A4で1枚から2枚程度にまとめて提出せよ。


このページは、受講生のレポートを共有することにより、講義を単に受けっぱなしにせず、自分の考えを主体的に表現し、自分とは異なる視点もあることに気づくことで、より深みのある講義にすることを目的に作成しています。
 まずは自分のレポートがあるかを確認してください。ない場には受領できていない可能性がありますので知らせてください。

  1. 2015/01/19 (月) 20:59

     私は福島県出身で、福島の作物を食べ空気を吸い豊かな自然の中で成長してきた。震災で被災してから、原発から約70q離れた地元でも農作物の放射線線量の厳しい検査が行われ、風評被害を受け水田の不耕地化が拡大していた。事故当時、テレビや新聞では線量を「ベクレル」、「シーベルト」といった単位で報道されたが、「その単位が何を意味するのか」、「どの程度ならば危険なのか」といった、与えられた情報に対して未知な部分が多くあった。そのため、地元の農業経営者は指示された線量を超過しない作物を作る努力をして安全性を訴えてきた。しかしこれらの農作物は、毎日といっていいほどの放射線による汚染の報道から、消費者から「福島の農作物は危ない」といったフードファディズムを受けることとなってしまった。私はこのことに関して悔しさを感じずにはいられなかったが、自分の力ではどうにもできない無力さもまた感じていた。
     昨年10月16日、明治大学で開催された震災フォーラムで、飯館村で実際の農業経営者で被災した方のスピーチを聴いた時、現地の方の訴えが私にはっきりと伝わってきた。より事故現場に近い飯館村は政府によって区分され、それぞれの対応はまばらであったために、従来から土木業など共同で作業できていたことが機能しなくなってしまっていた。それにも関わらず、3年半もひたむきに復興を目指した住民の方の踏ん張りを感じた。その方は「皆で協働して復興を目指す」、「住民が中心に動いて意識を高める」「皆で生きる上で必要なものを考えよう」と仰っていたことから、同じ目標をもって仲間同士で取り組んでいくことで為せることがあるのだと実感した。また菅野さんは何度も「現地に来て、見て、聞いて、体験して、体感してほしい」と訴えていた。確かに現状を知るには現地に赴き自身の目で確認するのが一番信用できる情報なのだ。
     溝口先生は現地に足を運ばせ調査し、飯館村の復興を如何なる研究者よりも考えてくださっており大変嬉しく思った。この講義を通して、水田では水を張った方が放射線量は減少すること、また張っていた方が放射性セシウムは移動しないことなど、知られざる放射線の性質を理解することができた。溝口先生が地元の方を説得するのと同じように私もまた説得させられた。しかし、現地の農家がその地で今後も農業を続けていくことを考えたときの不安は尽きないだろう。このように、相手を説得して更に納得させることは至極困難なことで、如何に熱心に取り組むか、また伝えていくのかが重要なのか再認識できた。
    このことから科学者としての自分の行動力を上げる必要があり、また後世へ伝えなければならないのは自分であるという責任を感じた。将来は、被災地を専門家という立場から支えられるように成長していきたい。そのために、過去の研究の蓄積を自らの知識として蓄え、更にその情報を適切にアウトプットできる能力を身につけることが重要視すべき点だと考える。その際に、現代に溢れる膨大な情報量を目の前にして、正しい情報の選別ができる目を養う必要がある。また、被災地の方や溝口先生が仰っていたように、役所、住民、専門家、そして技術者などの関係する人々がそれぞれの繋がりを理解、情報共有し、「協働」することで「今後の被災地をどうしていくのか」という目標が明確になるのではないかと考える。
    溝口先生が紹介なさっていた桜の木の苗の植栽活動に大変興味を持ったので、次の機会があればぜひ協力したい。そのような機会に自ら赴き携わること、それが例え現在では何の意味を持っていないとしても、私にできる地元への貢献ではないかと考えた。

  2. 2015/01/23 (金) 16:36

     原発から30キロ以上も離れていながら、風向きと降雪・降雨のために大量の放射能に汚染され、「全村避難」を余儀なくされた福島県・飯舘村。酪農の生業を失い、家族離散に追い込まれた二つの家族の「その後」の生活と、故郷や家族への思いを描きながら、原発事故がもたらした“故郷喪失”の深刻な傷痕をあぶり出す。死亡者と行方不明者が合わせて2万人近くに及んだ東日本大震災の発生は外国人としての私見てもすごく悲しかった。震災から3年が経過した。メディアでの報道は減り、この東日本大震災を忘れてはいけない。風化させてはいけないと思う。
     私は大学生として自身ができそうな被災地農業再生についてまず、原子力災害によって破壊された被災地域の生活と産業の再生することを目的として被災地へボランティア活動を参加しながら被災地の現状を調査することだと考えている。自分の力を発揮して被災者にケアすることが大事だと思う。そして、大学の先生と一緒に研究テーマとして専門的な実践や実験などをする。例えば、放射線計測と放射能分析、除染実験、農業再生のための計測と実験など。次は、農業再生のために越えなければならない壁は食材の安全問題だと思う。消費者として福島産農産物の信用を喪失して「福島産」というだけで避けられる。汚染された福島で農業生産することにさえ一部に反感。わたしはできることは自分自身から福島産の農産品を信じて消費することだと思う。そして、大学の食堂に福島産の農産品を使用する提案したい。最後は、私の考えは世界の人に被災地の魅力があるところを伝いたい。たとえば飯舘村は、阿武隈山系北部の高原に開けた豊かな自然に恵まれた美しい村である。私はこのような場所が自然生態の観光地として発展したらいいと思う。もっと多くの人が被災地に応援されることを頑張りたいと考えている。
     先生の授業に汚染や除染に関する様々状況をおしえていただいた。そして被災地として飯舘村の現状を教えた。私は機会があればボランティア参加いてみたい。現場でボランティアによる田植えなどできることで頑張りたいと考えている。被災地では多くの困難を抱えながら、復興に向けた歩みが始まったばかりと思う。生活が安定するまでには、これからも長い道のりを要することが予想される。みんなは心の中に覚えて、みんなの力を集めて被災地の復興のために自分ができること頑張ろうと思う。

  3. 2015/01/23 (金) 19:43

    わたし自身ができそうな被災地の農業再生について考えを述べる。
    一番、被災地に貢献できることというと、現地に行っての除染活動の手伝いをすることだと思う。若くて体力があることを生かして、自分たちでできる除染の手伝いをするのである。
    しかし、被災地で活動するための資金や時間的余裕は学生である私には、あまりない。そこで、自分自身ができたらいい、ということではなく、実際に今から始められることを考えてみる。現地に行くことはできず、労働力での協力が難しいとなると、頭つまり知識を使って貢献する方法を考えなくてはならない。
    まず私は、土壌科学に関する知識は登尾先生の講義によるものしかなく、放射線による汚染や放射能物質に関する知識もあまりない。
    そこで、何よりも大切なのは自分自身が正しい知識を身につけるということだと考えた。今回の講義で、放射性セシウムは表土の粘土に強く付着していることを初めて学び、その粘土を水をつかってかきだして集めることで非常に簡単な方法で放射性物質を集めることができることを知った。頻繁にテレビのニュースで放送しているやり方は表土の剥ぎ取りであり、放射性セシウムと結合していない土壌もいっしょに廃棄物とされてしまっている。なにも知らないままでは、表土剥ぎ取り法が唯一の方法で、土がもったいないことや捨てる場所も大量に確保しなくてはいけないこともほかに方法がないからしょうがないことなのだと思ってしまっていた。今回の90分の講義だけでもこんなにもたくさんの知識を取り入れることができた。さらに、この知識を周囲へと発信して、被災地福島への偏見をすこしでもなくしていくことが、私が現地に行かなくてもできることでもっとも重要なことではないだろうか。発信する方法は自分の出来る範囲で考えると、SNAやウェブログなどがあげられる。そのようなツールで、情報を広げていくことにおいて、情報を正しく、過剰な誇張などをせず、情報源を明確にすることを意識していきたい。情報がひろまれば広まるほど、末端の情報の濃度は薄くなり、また間違いや誤解も増えてしまうことがある。それが引き起こされてしまっては、災害復興に協力するどころか足を引っ張ってしまっている。情報の発信源になるためには、そのようなことも気をつけていかなくてはいけない。
    自分自身でできることを考えて書き出してみると、本当に小さなことしかできることがなく、災害復興がより遠いものに感じざるを得ない結果となってしまった。しかし、他人事だと思って終わりにするのではなく、食いついてすこしでも近くに行く努力をしたいと思った。

  4. 2015/01/24 (土) 0:10

    この講義を受講して、私は被災地の農業の復興が簡単でないことを学んだ。被災地は、原発事故による大きな被害を受けていることは知っていたが、被災地が現在置かれている状況と原発についての知識が不足していると、この講義を受講して感じた。具体的なことを述べると、放射能と放射線の違いや、ベクレル/kgについての正しい理解、放射能セシウムについてである。この講義では、被災地の農業再生がまだまだ進んでいないの、国と地方の認識の違いと、我々国民が持つ、無知なものに対する恐怖心にあると述べられていた。被災地の農業再生には、もちろん技術的な力と人材的な力は非常に重要である。しかし、私にはまだその力は微々たるものであるので、私ができる被災地の農業再生はもう一方のほうにあると考えている。私ができる被災地の農業再生とは、被災地の農業や原発について、逃げたり懼れたりせずに、考え、学び、正しく理解することにあると考えている。そして、知識を正しく伝えていくことにあると感じている。もちろん、将来的には、被災地の農業再生の根本的な解決に取り組む必要がある。なので、大学一年生の私は、農業を広い意味で勉強していきたいと考えている。

  5. 2015/01/25 (日) 11:49

    福島の農業を再生するには、まずは除染をして消費者への不安意識を低下させる事が必要であるが、政府の除染作業のやり方からも分かるように、政府はただ放射線量を下げることだけを考えており、農業を再生することはあまり考えてはいない。
    水田や畑の放射線量を下げる方法として「までい工法」がある。地下に埋めた泥水も土壌の性質上、周囲の汚染も少ないことが実験結果から分かる。この方法を大規模的に行えば、水田や畑の放射線量を下げることが出来る。
    しかし、村の人々や一部の研究者やボランティアだけではとても限界がある。また、除染作業中に放射能汚染されないかといった問題もあり、なかなか大規模化されないのが現状である。
    福島の問題は国民の意識から消えかかっているし、どうにかしなくてはという気持ちも薄れていると思う。それを防ぐには福島の現状を発信しなくてはならない。大学の講義もその手段の一つとしてとてもいいことだと思う。福島の農業の再生以前に福島について知っている人数が少ない事やそれについて考えている人が少ない。私が実践できることは、まず実際に現地に足を運び実態を見てくることである。そして、見てきた人を周りの人に発信することである。私の体験談を聞いた人が現地に行き、それをまた発信する・・・そういう流れができていけばいいと思うし、福島について考える人の数が増えれば、農業再生に手伝う人の数も増え、やがては大規模化するのではないかと思う。

  6. 2015/01/25 (日) 14:58

     自分自身ができそうな被災地の農業再生は、講義で溝口先生がおっしゃっていたように、まずは現場を見ることだと思います。現場を見て、そこにいる人と話をしたり、農作業を手伝ったりすることができ、農家のやる気を引き出すお手伝いができるのではないかと思います。私は土壌の専門家でも放射線の専門家でもないので、汚染された農耕地に行って除染作業に加わることは私がすべきことではないと考えます。しかし、除染作業を見学し、近い将来のために勉強することはできます。被災地に行くことで、新しいアイデアや農業再生についての考えが出てくると思います。
    私は東京都に住んで首都圏の大学に通って、日常の生活を送っていますが、被災地のことはほとんどわかりません。ニュースで聞くことや講義で聴いたことぐらいしか、私の被災地に対する知識はありません。その中で取り上げられているニュースもごくわずかだと思います。関心はあるけれども、被災地がいまどのような現状なのか、知りたくても知ることができないと思っていました。しかし、実際に行ってみればどのような作物を生産していたのか、今どのような支援が必要なのか、困っていることは何か、どのような生活をしているのか等々自分が疑問に思っていることが解決できると考えました。振り返ってみると、大学からのお知らせの中に、東日本大震災の被災地でのボランティアの募集がありました。何も考えずにその掲示を見過ごしていたことがもったいなかったなと思います。明治大学の学生が被災地に桜を植樹した話は、今回の講義の前から知っていましたが、やはり聞き流していました。私は今、この植樹についてよく考えてみました。同じ農学部農学科の土地資源学研究室と地域環境計画研究室、食糧環境政策学科の環境社会学研究室の学生が参加したということは、身近な友達や先輩が参加していたことも考えられます。自分は被災地に行く機会がなかったと考えるのではなく、行くチャンスを自ら失くしていたのだと気付きました。
    また、参考資料の『楽園を守る人/飯舘・その2』を読んで、山村地域に行くだけでも農家の方は嬉しいのではないかと感じました。私は夏休みを利用して被災地ではない農家に泊まり込みで農業体験をしたことがあるのですが、1度訪れた農家にはそれから何度でも行きたくなりました。互いの都合が合わずに再訪する機会はまだありませんが、学生のうちなら何度でも行くことは可能だと思います。被災地の農家でも同じだと思います。1か月毎や長期休暇だけでも繰り返し訪問できれば、農家のやる気にもつながると思うし、私自身もたくさんのことを学ぶことができます。1軒の農家と知り合いになることで、他の農家とも知り合いになることができ、人手がほしい時期に呼んでもらえるかもしれません。原発の被害で畑が汚染されて生活も苦しくなって、という悪循環に陥っていたのだとしたら、私のような外部の人間が短期間でも入ることで、少しでも好循環になれるのではないかと考えます。必ずしも良いことばかりではないとは思いますが、少しでも何か変えることができると思います。
    桜の植樹のお話の中で、1本1本に参加した人の名前が書いてあるとおっしゃっていました。とても良いやり方だと思いました。私なら毎年桜の咲く季節にどれだけ成長したかを見に行くと思います。自分の植えた桜が、桜並木を作っているのを想像しただけで嬉しくなります。そこは新たな桜の名所となり、観光地になることでその土地の大きな収入源にできるかもしれません。大きな妄想をしすぎていると思いますが、それくらいの希望を持って、今後の被災地支援やボランティアの活動に参加してみようと思いました。大学で募集する被災地へのボランティア活動があれば、貴重な機会だと思って、時間を作って1度参加してみようと思います。

  7. 2015/01/25 (日) 17:15

    被災地の農業再生において優先して行わなければならないのはやはり農地除染である。表土剥ぎ取り・水による土壌撹拌除去・反転耕が行われているが農家自身でできる除染法(表土削り取り法)があることを知り驚いた。このように農家自身で考える+ボランティアの人で考えるというのはとても効果的であり、それを支えるシステム(マスメディアやSNSで広める、国や大学からの補助金等)が必要であると考える。
    また、福島をブランド化し、農産物を売り込むことも挙げられる。福島の米は今生産されたものすべて検査されており逆に考えると一番安全な米であるといえよう。特産物をアピールし、マイナスをプラスに変えていくことが必要であると感じた。
     自分でできそうなことは現場に行くということである。
    原発事故から3年半、いま私たちに何ができるのかという言葉に考えさせられた。私は18年間福島に住み、地震が起きた当時も福島にいた。しかし農業を営んでいる家ではないので被災者ではなく、かといってボランティアという形での行動もしていなかった。今は大学に入り登尾先生の研究室に所属をしている。研究では飯舘村に行くことになった。福島出身であるのに何もしてこなかった自分を変え、考えながら走り、走りながら考えたい。

  8. 2015/01/25 (日) 17:59

    今回の講義を聞いて、初めて知ったことが多くありました。私は福島県出身で、テレビなどの放射性物質や線量の話も興味を持って聞いていたので多少は知識があると思っていましたが、むやみに怖がる必要はないと改めて思いました。
    私の地元では、むやみに怖がっている人も多いと感じていたので、大切なことは正しい情報を多くの人に伝えることだと思いました。
    講義の前半では、今まで土壌学概論として登尾先生から学んだことを、実際の現場での知識として確認できたのでよかったと思いました。
    後半ではまだ論文として発表されていない内容や、農学部生としてやらなければいけないことを確認できました。
    私はさらに地元ということで、より自分の役割を意識するよいきっかけになりました。
    私は、震災時期を地元で過ごして、実際に不安な日々を体験したし、地元を出て一人暮らしを始めてみてからわかったこともいっぱいあったと思うので、この経験を生かしていきたいと思いました。
    そういったなかで、自分にできそうな被災地の農業再生について考えてみると、将来は地元に戻り、大学で学んだことを地元で還元することだと思います。その前に今の自分にできることは、実際に飯舘村のようなところで現地での植林活動や、大型機械を用いない除染方法を行うことだと思います。今はまだ農業について学んでいる最中であり、自分だけの力では何を行えばいいかわからないというのが実際のところです。したがって、ボランティア団体やNPO団体、また大学の研究室・ゼミとして参加することが一番早く行動することができる方法だと考えました。一人だけでは実行できないようなことも、団体で考え、話し合いながら復興への道のりを考えていくということが大切だと思います。
    今、大学一年のこの時期に、そういった活動をすることで、大学三、四年になった時の研究内容や就職ということについて考えるよいきっかけになると思います。
    講義の中で、都市と地方の認識のずれということがあり、実際に、新聞の内容も変更されたり、削除されたりといったことが起きていることも初めて知りました。新聞やニュースで見たこと、さらには大学の講義の内容までそのまますべてを信じるのではなく、実際に自分で調べたり体験したりすることを大切にしていきたいと思いました。今の時代、情報がインターネットなどですぐに知ることができてしまうが、そのまま鵜呑みにするのではなく自分の感じたことを大切にしていくことが認識のずれをなくす一番の方法だと思いました。
    講義を受けて、今まで以上に福島に関心を持ち、現地での活動・効果というものを大切にしていきたいと思いました。   

  9. 2015/01/25 (日) 19:39

     福島の原発事故から約4年、多くの諸問題は解決されずに時間が過ぎようとしている。不安を抱えながら避難生活を送っている方々の心はとても計り知れない。今、わたしたちに何ができるのであろうか。 
    科学技術を駆使したとしても、土から離れては生きられない−講義の中で先生が教えてくださったこの言葉。科学技術が問われている今、自然の重要性を意味するこの言葉はわたしの心に凛と響いた。今回の原発事故において、放射性物質に対してどう対処するのかということが第一であるが、日頃から安全性を主張していた科学者たち・・・信用の失われた科学技術をどう取り戻すかということを改めて考える必要がある。
    今年5月末に明らかにされた国連科学委員会報告案によれば、事故直後にとられた放射線防護対策(早期の避難、放射性物質汚染食品の規制など)により、被ばくの可能性は1/10に下げられた。したがって、日本人の被ばくは極めて低い状況になり、がん発生率の増加やその他の健康被害が起こることはないであろうとされている。また、事故現場に深くかかわった労働者にも、放射線関連死や急性放射線影響はみられていない。ごく少数の高線量被ばく労働者でも、甲状腺がんの過剰発生が検知されることはないそうだ。講義の中で放射線と放射能について学んだが、事故から4年近く経過して不安の中心は外部被ばくから内部被ばくに移りつつあるのかもしれない。事故後、被災地の作物における放射線への不安が高まっていることがメディアで報じられたため、政府は不安を鎮めようと基準値を従来の半分に抑えた。しかし、不安は高まる一方で基準はさらに引き下げられ、結果的にわが国の基準値は国際基準の1/10から1/20になった。生産者や流通業界では更に低い値を自主的に決める事態を招いている。実際にわたしも以前、被災地において生産された作物を購入することを迷ったことがある。その時、農林水産省のホームページを見てこれらの日本の基準値について知り、不安になる必要はないとわかった。なお、欧米の基準値はIAEAやUNSCEARなどの組織が数十年にわたる研究に基づいて設定したものである。我が国において、ただ不安解消のために何の根拠もなく基準値を厳しくしていることは日本の農家や消費者を痛めつける結果となっているのではないだろうか。通常であれば安全な食品さえも突然出荷制限の対象にされ、東北三県の農漁業、林業などは壊滅的な影響を被っている。
    講義の中で、国が実施した農地の除染法について学んだ。表土削り取りや、水による土壌撹拌除法、友転耕である。これらの除染には多くの費用はかからないように思えた。とても恥ずべきことではあるけれど、やったことのないわたしにとって、これらの除染にどのくらいの手間がかかるのか、そしてどのくらい効果があるのかということもわからない。わたしが今回強く思ったこと、それはとにかく現場を見たいということだ。現場を見なければ何も始まらない、わたしは被災地の方々に思いを馳せるだけでなく、一歩踏み出せる勇気を持ちたい。そして、現場に合った総合的な技術の適用を考えたい。農家の方々の古くからの知恵を参考に、「協働」しながら一刻も早く行動に移したい気持ちであふれている。これには時間がかかるかもしれないが、放射線と土壌の関係について深く学び、自分なりの除染法や作物生育を考案したいと思っている。今まではただ「考える」という、(「考える」ともいえないかもしれない)一歩も行動しないわたしであった。わたしは将来、土壌の研究をしたいと思っている。今回の講義をきっかけに同じ志をもつ仲間と一緒に小さなことからでも行動していきたいと思った。貴重なお話をありがとうございました。

  10. 2015/01/25 (日) 20:38
    1.まず、学生だからこそできる農産物の提供を推進し、その活動・事実を伝えることについて
    被災地の福島大学では、自治体や地元の農家などと連携しながら、正確で継続的な放射線の計測管理と情報の発信、土壌の放射性物質の低減・無放射能化対策の推進を行っています。「安全な食」に対する生活者の正確な理解を図りながら、生産から流通までの全ての段階において農産品を確保(保証)し、生活者に安心と信頼を与える一貫したシステムを構築します。
    また、「FtoCプロジェクト」というものがあり、それには二つの意味があります。ひとつは「Farmers to Consumers」の意味であり、農業生産再度から消費者に対して正しい情報に基づく安全な農産物の提供を推進することを目的としています。もう一つは、「Fact to Confidence」、こうした活動を通じて、事実(Fact)を伝える事から信頼(Confidence)に導くことを意味しています。

    2. 次に、4月から新社会人ということで企業が取り組んでいる栽培体験について
     カゴメは震災当初、被災地への支援として関係省庁や被災地の各自治体の災害対策本部と連携し、100万本を超える野菜飲料を無償提供するなどの物的な支援を始めました。震災から時が過ぎるにつれて、人的・物的被害の大きさなど、今度想定される事態の厳しさが明らかになる中で、「みんなで支え合う社会」作りに貢献すべきと考え、カゴメグループとして税引き後利益の概ね10%に相当する金額を義損金として、3億円の寄付を日本赤十字社へ行いました。加えて、これとは別に、従業員有志による社内義損募金活動を行い、国内外カゴメグループの役員・従業員とOB有志より2,300万円の募金を集め、日本赤十字社へ寄付を行いました。
     さらに、長年培ったカゴメ食育を活用して、東北被災地向けの食育支援活動を開始しました。長い避難生活を余儀なくされている被災地の方々の健康な食生活や、子供たちの穏やかな成長を応援するため、カゴメ従業員が直接被災地を回って、食育支援活動を続けています。
     被災地での食育支援活動は2012年度からスタートしました。2013年度に続き、2014年度は、福島・宮城・岩手各県の小学校・幼稚園・保育所の各箇所に、トマトジュース用トマト「凜々子」苗を案内し、約500施設で栽培体験を提供しています。また、40年の歴史をもつ「カゴメ劇場」のノウハウを活かして構成した東北被災地向けの食育公演「カゴメトマト劇場in東北」や、トマトと野菜の調理体験のできる「トマトキッチンカー」、「料理教室」、「食育紙芝居」など、約100箇所を目標に、約12,000人の人に対してカゴメ食育の強みを活かした価値ある復興支援活動を続けています。なお、食育支援活動の実働スタッフは、カゴメ従業員および、被災した東北の方々を中心に構成し、被災地における新たな雇用と経済効果にもつながる運用を進めています。

     上記2つの共通点は、「周りを巻き込み伝える」ことだと私は考えます。
     学生だからこそできることは、環境の整った場所で研究をし、学生ならではのガッツで被災地まで出向き、被災地で学び感じたことを地元に戻って「伝える」。
     社会人は、学生と異なりお金の入出が関係してきます。このことにより今までよりもっと視野が広がります。寄付金が一番の例ですが、無料で体験できるものや、新しい商品を生み出す力や、他業界とのコラボなどがあります。私も4月から食品メーカーで働くということで、カゴメが行っているキッチンカー、料理教室、食育紙芝居などといった食べ物の良さ、おいしさ、楽しさを様々な角度からたくさんの人たちに「伝える」方法にとても興味をもちました。食品メーカーだからこそできる伝え方を社会人でできると考えます。
     
  11. 2015/01/25 (日) 22:21

     飯舘村は東日本大震災に伴う原子力発電所の事故から数年が経ったところである。震災により放射能で汚染された地域は農地除染を含めて、農業再生への取り組みの加速が期待されているが、様々な問題が存在し、なかなか進めにくい状態である。農業再生は難しいが、大学生としての我々はできることはまだたくさんあるではないかと思う。

    (1)現場を見る
     現場を見に行くのは一番重要だと考えられる。飯館村に行き、今村の状況が詳しく了解できるし、住民にとっても重要なサポートだと思う。大学生たちはよく飯館村に行けば、村の雰囲気が変われる。その上で大学生は放射能汚染の基本知識を勉強し、科学的な立場から物事を分かりやすいように住民に伝えれば、原発に対する恐ろしさと不安の気持ちはすごしでも解消できると考えられる。農業再生より皆の精神的な再生はもっと大事ではないだろうか。福島の振興に関して、イベントなどの活動を行ったりすることにより、外部からのボランティアを募集して、内部と外部の力を合わせて、魅了のあることを多くの人に知ってもらう。参加者は自分自身から参加してよかったなあと思うことは重要な一環だと思っている。

    (2)福島産物を優先買う 
     福島第一原発の事故以降に生じた福島県産農畜産物の購入問題・風評問題・買い占め問題などについて、消費者の不安が原発に対する知識が不足で喚起された。ただ、放射能が危険だと知っている。このリスクを避けるため、できれば、福島産の農産物を買わない人も少なくないと思う。しかし、我々の大学生は基本知識を持つもののため、理性的に考え消費するべきである。福島産の農畜産物の検査は厳しく、放射能検査を通してから、市場に流通し、スーパーなどで販売することになっている。従って、安心で食べることができる。私たちは福島産物を買うのは飯館村や福島の農民たちの信頼とサポートの示しである。周りの人々にも影響を与えるかもしれない。皆は福島産物に差別しないように、安心で買うのは農業再生の重要な部分だと考えられる。

    (3)農業知識の勉強
    農学部の私たちには今一番大事なことは農業に関する知識を勉強することである。先生のような専門者は何回も現場に行ったりして、現状を合わせて、問題を解決することができる斬新な技術や新たな機械などを開発する。私たちは当然このようなことができないが、専門者による調べられたデータを整理したり、まとめたりするぐらいができるので、放課後などの暇の時を十分に利用して、しっかり勉強するのは農業再生の役を立てる。

    まとめ
     2013年、私はボランティアとして、石巻市に行ってきた。震災の2年後であるが、当時はまだ何もない状態であった。復興などのニュースがよくテレビで流れているが、地元に戻ってくる人がほとんどいない。残っているのは高齢者ばかりで、農業耕作放棄地もたくさんあった。今回の授業の授業を受け、自分ができることは何か、自分がやるべきことは何かがはっきり分かった。
     今後、農業関連企業に就職し、学校で学んだことを生かし、自分の力を農業再生に注ぎたい。

  12. 2015/01/25 (日) 23:06

     溝口先生の授業を聞き、それに授業資料を読み、政府が行う除染方法には多くの予算が必要であり、ゼネコン業界の人手不足の中での作業が非効率であり、廃棄物が置ける場所のないなどの欠点に対して、農家自らで低コストで効率的に作業ができる除染方法が見つけられたということがわかった。それは、私には大変な驚きだった。今までは除染などのことは非常に専門的で難しく、国家にしかできないことで、自分にとっては非常に遠いことなのだとの思いがあったが、授業を聞いた後は、それは農学科の学生としての私にも多少でも手伝えることがあるのではないかと考えている。以下、「私自身ができそうな被災地の農業再生」を3つに分けて述べる。

     1つ目は、農学生として、実習の方式で実際に被災地に行き、自分の手で少しでも被災地の農業再生を手伝うということである。凍土の剥ぎ取りは多分重機しかできないが、汚染された土壌の上に土をかぶせたり、水を張っていったりなどのことには、農学部の学生としての私たちもすこし手伝えるかもしれない。私は農学の研究者を目指している。まだ一年生で非常に専門的な知識は持っていないが、そんな私でも除染方法を考える前にはまず被災地のことを実際に見ることが大切であるということは分かっている。将来研究者として実際に除染方法を考えなければならない時にもこの姿勢を保っていたい。「農学生が被災地の除染を手伝う」などの実習があれば、被災地の農業再生のことに微力でも尽くせるだけでなく、将来農学を深く研究したい私たち自身にっとても、貴重な経験となり勉強になると思う。そこで、そのような実習が本当にあれば、必ず積極的に参加したいと思う。

     2つ目は、被災地で生産された食料品を消費することである。これまでに被災地はすでに除染され、生産品も安心して食べられるようになったということをテレビや新聞で何回も聞いたが やはり安心できず買いたくなかった。しかし、今回の授業を聞き、放射性セシウムが粘土粒子に固定され、地下や側面にも浸透しない性質によって、汚染された粘土粒子をそのまま除去したら、農業再生が十分に可能であることが理解できた。しかし、専門的な知識のない一般の消費者にとっては 理解して安心することは難しいと思われることを自分自身はその原理を十分に理解した上での「安心」であるから非常に力になる。
    それに、これから自分が買い始めるだけではなく、「までい工法という除染法を発明した先生の授業を聞いたことがあり、そうしたら本当に除染できる」ということを周りの人たちにも伝えたいと思う。自分からは遠い存在である専門家や政治家に比べ、自分の身近な農学を勉強している人の話なら更に信じやすいのではないのか。自分ひとりの力は確かに微小であるかもしれないが、みんなが一緒に消費を始めると、被災地の農業再生に対して大きな力になれるかもしれない。従って、この授業から学んだことを周りの人に説明することも、自分が被災地に対して少しでも貢献できることのひとつなのだと思う。


     そして、私は日本で勉強している留学生である。ですから、日本にだけではなく、自分の国にも除染のことを宣伝できる。例えば、福島県の除染について勉強したことや感想や考えなどを、ビデオを撮影し、Youtubeなどの世界的なビデオウェブサイトに転送する。日本で農学を勉強している留学生なので、一般的な日本の人より、さらに専門的かつ客観的な説明をすることで他の国の人たちの興味をひくことができるかもしれない。
    そのようにしたら今すぐ具体的に何かを変えることができるとは考えられないが、世界中に福島県の農業再生に注目する人が更に増えることは、今後の農業再生の進展にとって大切なことである。

     以上が私自身が被災地の農業再生にできそうな3つのことである。私は小さな頃からすでに農学に興味があったので、今本当に農学部の学生になったのはとてもうれしい。今は上で述べた通り簡単なことしかできないが、将来は実際に貢献できるようになりたい。そのためにどうしても深い専門知識を身に付けなければならないので、これからも、早く農業に力を尽くせるように更に努力したいと思う。勉強中確かに苦しいと感じることは多いが 、好きなことを勉強しているので私は幸せである。

  13. 2015/01/25 (日) 23:34

    僕が講義や講義資料から感じたのは、放射線に汚染された地域の復興を目指すには、何も専門的で難しい知識を一から学ばなくても、放射線について基本的なことを理解し、自然の力を借りることでかなりの除染効果が得られるのだな、ということでした。
    僕自身がもし指導者側として復興事業に参加できるのであれば、まずはその地域の放射線量を細かく測定し、極端に線量が高い地域以外では表土の削り取りをやめるようにしたいです。そしてその地域ではどこがどういった状況になっていて、そこでは何ができて何ができないのか、ということを住民の方々にわかりやすくしっかりと伝え、その人たちの意見や考えに基づいて復興事業を進めるようにしたいです。なぜならその地域はそこに住む人たちの故郷であり、部外者が勝手にどうこうしていいものではないと思うからです。そして、なるべくまでい工法のような自然の浄化作用を利用した方法を用いて作業を行い、その土地の風土を壊さないように気をつけたいと思います。

  14. 2015/01/26 (月) 0:29

    僕が講義を聞いて一番強く感じたことは、「被災地における農業再生には、農水省の人間と現地の人間の話し合いが最も重要である。」ということです。

    農水省で解決策として提示されるものは、もちろん被災地のことを考えてできたものであるとは思いますが、最もその場に適していると思われる解決策との間には大きなギャップがあるのではないかと感じました。そのギャップを埋めるために最も重要であるのは現地の人間の言葉であると僕は思います。現地の人間と我々がよく話し合い、現場を深く理解することによってよりよい解決策が生まれるのではないでしょうか。
     また、研究者が実際に農作業を経験することも農業再生には重要であると思います。農業においては研究をすること(たとえば土壌の作物に与える作用を調べることなど)ももちろん大切であるとは思いますが、実際に農作業を行っていくことも同じくらい大切であると思われます。農作業について考えることと、実際に農業をすることは全くの別物です。しかしその相互関係がうまくいくことによってよりよい農業が生まれていきます。そのためには研究者が実地経験を積んでいくことが大事なのではないかと感じました。

  15. 2015/01/26 (月) 11:41

     まず被災地で問題になっている様々な問題、例えば「放射線」は、光の仲間である。放射線とは、科学的にいうと、高エネルギーをもち高速で飛ぶ粒子(粒子線)と、高いエネルギーをもつ短い波長の電磁波の総称である。放射線を出す能力を「放射能」といい、放射線を出す物質を「放射性物質」という。
     最初、地震が起こってそれによる被害がテレビなどで放送されても自分にはあまり関係ない事だと思っていました。自分が実際被災したわけではないからである。大学に入って別の講義で被災地の人々の話を聞く機会がありました。そこで彼らが何をしているのか、現状など彼らがあきらめずに復興を目指していることを改めて感じましたが、結局だから何なんだと思ったのが本音である。世間では原発が悪いだの、脱原発を訴えている人が多いいが、そこまで言うなら自分たちで新しい資源を見つければいいのにと思いました。起こってしまった出来事は変わらない、今我々に出来ることは全てを失った土地で何ができるのかということだけである。僕は大規模に植物工場をつくるのが手っ取り早いと思いました。莫大な資金はかかるが、未だに被災地で生産されたものに対して消費者は不安を抱えています。被災地のイメージをアップするという意味でもお金をかける価値はあると思います。

  16. 2015/01/26 (月) 11:46

    自分自身が被災地のためにできるとは、まずテレビのニュースや新聞の情報だけを頼りにするのではなく、実際に被災地に出向いて自分自身でその現状を把握することが必要であると思う。そして、そこでボランティアに積極的に参加し、被災地の農家の人たちと直接交流を重ね被災地の農業従事者の心のケアをしたい。やはり、生活の糧を奪われたことや、これまで続けてきた農業が避けられているというのは大きな精神的ダメージを追っているだろう。とにかく、空いている時間を見つけ被災地に実際に行ってみたい。そして今日からでもできることが、被災地で生産された農作物を積極的に消費することである。未だに特に福島などで生産された農作物は風評被害によって、一部の消費者が購入を避けている。このままではいくら農業生産が復興をなし得たとしても、農作物が売れないことで産業が立ち行かなくなる恐れがある。そこで一般市民である僕ができることは、彼らが生産した農作物を消費し、産業として成り立たせる手助けをすることである。

  17. 2015/01/26 (月) 12:11

     震災が起きて三年がたち、今まで被災地でさまざまな復興活動が行われてきたが、今回の講義を聞いて今一番足りないのは、人の心が安らいだりするようなものだと思いました。講義資料にもあるように農学部の学生が福島にマキバノハナゾノの苗木を植えにいくなどそういう農業再生が必要になってくると思います。作物の収量増加などの生活の部分の再生ももちろん必要ではあるが、自分は娯楽という部分にもっと焦点を置いていきたいと考えました。だがら、僕自身ができるかどうかはわかりませんが、以前緑地の授業でやったような、桜まつりなどの農業における環境スポットを作っていくことで再生していきたいと思いました。

  18. 2015/01/26 (月) 12:15

     今回の災害で農業において最も被災地を苦しめたことは原発事故による環境汚染だと自分は考えました。
     確かに津波の被害で作物が根こそぎ持っていかれたり、塩害で次の作物が育てられなくなったりと津波の影響も大きいと思いますが、やはりセシウムなどの環境汚染物質による被害が尋常ではないです。セシウムなどは土壌の表面にしか浸透はしないが、広範囲に広がってしまったため除染が大変であった。そして最も農家を困らせたのは風評被害である。これは除染が完璧に済んだとしてもことが済むことではなく消費者の意識の問題のため解決することは難しい。
     なので、自分たちにできることは積極的被災地の食品を消費することが大切だと思います。これは自分ひとりでは本当に小さい力でしかありませんが、自分が積極的に取り組んでいる姿勢をまわりの人たちに伝えていければ微力ながらも被災地に貢献できるかなと思います。

  19. 2015/01/26 (月) 12:25

     被災地の農業再生がいまいちどこまで進んでいるのか把握できていない人は多いと思う。私も、土壌の除染はそう簡単にはできないものでお金をかけるだけ無駄なのではないかと思っていた。だから、放射能汚染された土壌の画期的な除染方法をこれから開発していかなければならないのだと考えていた。しかし、今回の講義を聞いて除染方法はあり、さらには農家の人自身でも除染はできるということを知り驚くと同時にもったいないと思った。おそらく、これがもっと広く広まればセシウムに汚染された土壌は再生できるという考えが普通となり、そこで生産された作物も躊躇いなく人々が手に取るようになるだろう。つまり、被災地の農業の再生に直接携わりもっと画期的な方法の研究に臨む人も確かに必要ではあるが、このような知識を消費者に広めていくといった無知な消費者を増やさないための行動も大切であり、これが私たちにできることなのではないかと感じた。
     また、農業というのはどうしても天候などの予測不可能な要因が関わってくるので現場で作業することも大切だと思った。ただ、他の分野の研究者は現場で作業することに協力的でないかもしれないのでそこをうまく連携していかなければならない。土壌を除染しただけではその土地で作られた作物が簡単に売れるようになるとは思えないし、それは本当の意味での農業の再生とは言えないと思う。土地復興後には経済学や商学の知識必要となる時もあるだろうし、もしかすると心理学の知識も必要かもしれない。しかし、誰が協力を呼びかけるかと言えば農学部の人間であろう。そのために人の輪を広げ、被災地の農業再生のことを考える人を増やしていくこと、それもまた私たちにできることだと思う。

  20. 2015/01/26 (月) 12:27

     3月11日に起きた震災の原発事故による放射能汚染、また、津波の被害による塩害など、これらの被害状況から元の状態にまで戻すのはとても大変なことだと思います。そして、いくら、安心で安全なものを作れたとしてもやっぱり風評被害であまり買ってくれる人は少ないのが今の現状だと聞いています。
    このような状態に対して、僕ができることといえばまず、積極的に被災地でできた作物を食べ、「おいしかった。」など良いうわさをネットなどを使って拡散していくことだとおもいました。これからの農業再生は長い時間がかかると思うので、やっぱり若い人が中心となってやっていかなければならないと思います。また、被災地のボランティアにどんどん参加していくことだと思いました。
    これから被災地の再生にはどれくらいかかるかわからないので、これから先社会を担っていく若者が中心となってやっていくことが重要なのではないかと思いました。僕もこういった活動にどんどん参加していきたいと思いました。

  21. 2015/01/26 (月) 12:52

     今回の講義を聞き、また資料を読んだうえで、私が被災地の農業の復興についてできることとしては、まず現場を見ることが最優先であるのではないかと感じました。私自身は今まで震災後に日々ニュースなどで復興の問題が取り上げられるたびに、自分には何ができるのかというのを考えるだけで行動には起こせなかったもどかしさを感じていました。被災地に現場を見に行き、現状を知り、そこで老若男女、地域・組織を越えた「協働」が行われていることを実感することが、行動に起こせるきっかけになるのではないかと思いました。
     次に、現場を見た後で、放射性物質の性質や行われている対策の原理などを理解し、その中で自分が関われることはあるかなどを考え、できることを見つけ、行動することが大切だと思いました。行われている対策の原理を理解しないままでは、自分が関わろうとしていることは本当に被災地の復興のためになるのかといった疑問が残るため、自分のやろうとしていることの意味を根本から理解することは重要だと思います。また、このようなことをしっかり理解しておくことは、行われている対策に疑問や不満を持った方々に説明するときにもとても重要になり、そこで理解してもらえればさらに協力者が増え、被災地の再生につながると思います。自分ができることとしては、被災地の方々から直接話を聞くといったことだけでも、被災地は負けない、復興したいといった言葉の強い意志や意味を感じることができ、復興のために頑張ろうという気持ちを強くするきっかけになると思います。
     また、今回の講義は震災からもうすぐ4年がたとうとしている今、震災のことや被災地のこと、また、これからの自分の行動を改めてよく考える機会になり、震災自体や震災で生じた問題といった多くの出来事や経験をこれからも絶対に忘れてはいけないという思いを強くしました。被災地の現状に対する今自分が通っている大学の役割や学生としてのあり方を考える良い機会にもなりました。このように、被災地に行けなくても、今回のような講義や各地で行われているフォーラムを聞きにいくことも今自分ができることの1つであると感じました。
     農業というのは、様々な要素から成り立っていて、植物の生理生態、土壌や水の管理、経営、地域文化などといった多くの分野を総合して考えなければならない中で、他の分野と協力し、一方で農学部に求められていることをしっかり考え、理解し、研究につなげていかないといけないと感じました。
     以上のような、見て、聞いて、感じて、考えるといった動作のサイクルをしっかり行うことが被災地の農業の再生につながっていくのだと思いました。

  22. 2015/01/26 (月) 12:53

    農地の多くが放射能の被害を受けているが、それらは学者や専門の企業が手掛けるような作業なので自分たちが貢献できる部分は少ないと思う。
    しかし自分たちで行う方法もある。放射性セシウムは土壌中の粘土粒子と強く結びついて表層に留まり、深いところまではしみこまないという性質がある。そこで、「表土削り取り」「水による土壌撹拌・除去」、地表層付近の土壌と下層にある土壌を重機で反転させる「反転耕」の三つの方法がある。除染作業はこの3つで十分ということである。これなら、一般の人でもできるので自分たちにも貢献するチャンスがある。
    また被災した農家の方たちの中には、学生との交流をきっかけに生きがいを見出した方もいた。そういう精神的な貢献の仕方もあるのだなと思った。貢献の仕方は除染作業もあるが短期的な期間で貢献できる「交流」のほうが自分たちには向いていると思った。これは学生の特権だとも思った。
    記事を読んで思ったのは、被災地の農業を含めた再生を邪魔しているのは地元住民と行政の食い違いだと改めて感じた。地元住民は自分たちの土地を大切にしているし、安心して住みたいと思っている。一方、行政は除染したという事実など自分たちが責任を果たしたことを示せる作業を優先している。そういうことを考えると自分たちのような第三者的な立場の人間はそういうところで公平な意見を示すことも被災地再生のために必要なことだと感じた。
    そして、農業再生のための団体などもある。そういうところに定期的に参加することでも貢献できると思う。
    外から人が来たらそれだけでも意味があると思う。自分が被災者だったらそういう人の存在はとてもありがたいと思う。
    そして、風評被害なども金銭的にも精神的にも被災地の方を傷つけてしまっていると思う。自分も被災地の食材を食べることができれば、被災地の再生にもとても貢献できると思う。しかし、放射線のことを考えると躊躇してしまう。被災地の方には申し訳ないと思う。
    もし、被災地に行く機会があれば行ってみたいです。

  23. 2015/01/26 (月) 18:22

    私ができる被災地の農業再生について考えたとき、3つのことが思い浮かんだ。それは
    積極的に被災地の農作物を買う、周りの人に安全であることを教える、実際に現地に行き 直接復興活動に参加するということだ。
    まず、被災地の農作物は安全であるということを知っている者が積極的に買うことで被 災地の農家の収入となり農業が活性化されると考える。しかし未だ多くの人々が被災地の 農作物は危険であるという間違った認識を持っている。これを正さない限りはいつまでも 農業再生には繋がらないだろう。そこで私たちがまずは家族や友達といった身近な人に被 災地の農作物は安全であるということを伝えていく必要がある。そうすることでその友達 から別の友達へといったように情報が広がっていくはずである。また、SNS などで多くの人 に拡散するのも良いだろう。
    そして実際に現地に行き復興活動に参加するということであるが、私はまだ被災地を訪 れたことは一度もない。ニュースで見る程度だ。しかし今回の講義を聞き、自分の目で現 場を見ることが非常に重要だと痛感した。ニュースだけでは知りえないことのほうが多い だろうし、ニュースで言われていることがすべて正しいとも限らない。自分で確認しない ことにはなにも始まらないと思う。除染活動には高度な技術が使われていて私では関わる ことができないだろうと考えていたが、までい工法など農家だけでもできるということを 知り、私も少しでも力になれればと感じた。

  24. 2015/01/26 (月) 18:35

     自分自身ができそうな除染作業としては、「表土削り取り」と「までい工法」であると考える。「表土削り取り」は重機を用いてやるようだが、講義のスライドにもあったように、冬の季節の凍った表土を除去していけば、人の手でも行えると考えたからである。この方法はとても良いアイディアだと思った。また長年かけて生成された貴重な生産資源である土壌を、余分に厚く剥ぎ取る必要もないと考えたからである。この表土だけを剥ぎ取る除染法は、放射性セシウムが粘土鉱物のカリウムと入れ替えって、土壌中の粘土鉱物に固定される性質があることからできる方法である。もうひとつの「までい工法」というのは、田車を使って人力で泥水を掻き出し、あらかじめ田んぼの隅に掘ってあった穴へ流す。次に穴に流された泥水は浸透と蒸発で干上がり、セシウムだけが表土のあるという状態になる。そしてきれいな土を厚くかぶせて、放射線を遮断しながら埋没処理するという方法である。これらの方法は農家自身でも行える方法であり、個々で作業を進めていけば、除染作業のスピードも早くなるのではないだろうか。
     しかし、上記に示した除染法も人の手でやるには限界があるように思える。現実的ではないような気さえする。よって今回の講義を聞いて、実際に現場にいって現状を確かめ、農家さんの話を聞いたりして、自分の五感で被災地を感じることが一番重要なことだと実感した。そして今、現実的にできることといったら、講義を聞いて蓄えた正しい知識を、周りの間違った知識を持っている人たちに教えることだと思った。私は、セシウムが粘土鉱物に吸着して下層に流れないということ、それゆえに表土だけを剥ぎ取ればベクレル値が大幅に下がることや、セシウムを含んだ表土の上から土や水をかぶせてもベクレル値を下げることができるのを、この講義で始めて知ることができたので、この基本的な知識から身近な人へ教えていきたいと思った。そして、被災地に対して、さらに多くの関心を向けさせるべきだと思った。

  25. 2015/01/26 (月) 19:11

     現在、被災地で農業が進まない一つの問題として放射能汚染された土壌の除染方法と被災地の人手不足にあると考える。今回の溝口先生の講義資料や講義を拝見させていただいたことでこの問題点の解消が大事であると考えることができ、そして解決策も自分なりに考えてみた。
     まず、放射能汚染された土壌の除染方法の問題である。国が重点的に被災地で行っている除染方法は、表土剥ぎ取り法である。これの問題点としては、コストがほかの除染方法に比べてかかること、はぎ取った土が汚染土壌として山積にされること、そして、この汚染土壌の置場である。この反対に、代かき強制排水埋没法や水田に水を張っておく方法ならば被災地の方々の目線になって行える方法だということが今回知ることができた。それと同時に、代かき強制排水埋没法の実施には現場での理解が最優先事項であるということも知った。放射能の原因物質であるセシウムは土壌に含まれているため、土壌中の液体が流れ出て地下水となっても私たちの飲み水には害がない。しかし、このことがなかなか理解されにくいということも知った。学生である私の課題は、しっかりと土壌工学の知識を身に付けて被災地でのボランティア活動に参加し、代かき強制排水埋没法の安全性を広めていくことだと考える。また、水田を張ることで放射能の汚染ができるということも放射能と放射線の原理を伝えていけば、主流になる方法であると思う。そして、水田に水を張る方法を行えば、水田の環境を整えたり、農村景観にも貢献できると思う。水田の環境を整えることは、イノシシによる土壌荒らしや雑草の防除である。これは、放射能汚染された土壌の問題を解決するだけでなく農業の保全にも役に立つ。また、農村景観の保全につながることで、人々が農村に足を運ぶきっかけにつながると考える。この方法は、政府が費用をかけて除染する表土剥ぎ取り法よりも利点があると思う。こういった情報を正しく、速やかに被災地に浸透させるには時間がかかるかもしれないが、少しずつ伝えていくことはできると考える。
     次に、被災地における農業の人手不足の問題である。被災地はいまだに放射能の問題で家に帰ることできない方々がいる。また、これは被災地の限った問題ではないと思うが、後継者不足で農業に取り組む若者がいないことである。これは、上記で示したように除染作業の効率化を進めないと解決しない問題であるとともに、後継者の問題は私たち若者が行動に移さないといけない問題でもある。農学部の学生として研究も大事あるが実践していくことも重要なことであると私は考える。私も福島県に昨年の夏にワーキングホリデーとして伺った。少しでも農業に携わりたいという思いで参加させていただいた。少しの期間であったが、農業の難しさは実践することで身に染みて感じることができると実感した。後継者不足の問題は実践を通して深く考えさせられると思う。このように、学生である私は現場に赴き現状を知ることが後継者不足の問題を解決し、被災地の復興にもつながるのではないかと考える。
    このように、現在の被災地の農業再生には現場に合う土壌の除染方法の現場への浸透、若者の農業への実践が必要であると考える。それには、現場のことを考え、現場に赴き実践を通して除染や後継者不足の問題を考えることが被災地への私のできることと考える。

  26. 2015/01/26 (月) 21:31

     先日の講義では初めて知ることや以前にも聞いたことがあっても、よく分かっていなかったことを理解することができ、とても楽しい講義でした。大変わかりやすかったので今まで曖昧にしか理解していなかったところがわかりとてもすっきりしました。例えば放射能と放射線についても、今までも何度か聞いたことがあったのですが、今回初めてしっかりと理解できました。放射線は危険なんだ、危険なんだとそればかり様々なかたちであちこちから聞こえていたので、私自身よく知りもしないで放射線は大変危険なもので、除染は非常に困難なのだと思っていました。今回の講義を聞いてこの考えも変わりました。確かに放射線は害のあるものですが正しい知識をつけたいまは以前と比べて、むやみやたらと恐れることがなくなりました。除染についても廃土の仮仮置場の問題などいくつかの問題はあるものの不可能ではないし、公的なものに頼らなくても農家自身で除染はできると知り、驚きました。表土削り取りにしても、たった5pでいいというのには驚きました。また、粘土による除染の効果にも関心しました。粘土粒子の隙間とセシウムの大きさが、ほぼ同じであるので一旦嵌ればなかなか抜けず、月日がたつほど多くのセシウムが嵌る。そして雨が降ればセシウムの嵌った粘土が雨とともに下に落ちて、地下水には水だけが浸透していく。自然による浄化作用は偉大であると改めて感じました。
     大学1年生で専門的な知識の少ない私自身が、この講義を聞く前に持っていた感覚は一般の人にも通じるものがあるのではないかと思います。つまりよく知らないから怖いということです。「までい工法」で田車で泥水を掻き出して、それを事前に掘っておいた穴に流し、上から汚染されていない土壌を被せるというものに対しても、地下水が汚染されるのではないかという声があったのは、どういう理屈でそれが行われているのか知らなかったからだと思います。「表土削り取り」も5pでいいはずが15pくらい剥ぎ取られていたのは技術的な問題もあるのかもしれませんが、作業する人がどこかでたった5pということに不安があって深くなってしまったというのもあるのではないかと思います。また、資料にもありましたが本来なら「反転耕」や「土壌撹拌・除去」で大丈夫なところも「表土削り取り」にしてしまうのは不安だからということでした。
     このことからも正しい情報を多くの人が持つことが大事だと分かりました。特に私が思うのは被災地の実際に汚染された土壌を抱えている人々や除染に携わる人たちが正しい知識を持つことが大事だということです。。そんなことは当前だと思われますが、実際、除染の仕組みがよく分かっていなかったから廃土が多く出てしまったことや、いらぬ心配をしていることがあると思います。もちろん被災地の方やそれに関わる人以外の人たちが正しい知識を持つことも大切だと思います。ここが私自身でもできることだと思います。まずは自分が正しい知識を得ること、そして情報発信あるいは実際に自分も復興に参加していくこと。技術的なことを考えるのは今の自分には少し無理があると思うので、知ること、伝えること、行動することが今自分にできる一番のことだと思います。

  27. 2015/01/26 (月) 21:46

     被災地の農業再生に対して自分に出来ることは大きく分けて二つある。
    一つは被災地の抱えている問題、すなわち放射線問題等に対して正しい知識を持つことである。これまで自分は、被爆すると発がんなどを引き起こすため、放射能は危険であるということは知っていたけれど、それがどのように被爆するのかだとか、どの程度体に入ると危険なのか等はよく理解していなかった。そのため正直言って、福島県の農産物の食べることに対しては若干抵抗があったと思う。勿論テレビなどのメディアで安全であるということはよく聞いていたけれど、やはりどうして安全なのかがよく分からなかったので、不安は少しあった。しかし、今回の講義を聞いてみて、放射能についての知識や、ベクレルの表示の仕方等を学んだことから、これまで放射能に抱いていた過剰なまでの不安は取り除かれた。しかし、日本にはまだかつての自分のように放射能に対して過剰に心配している人々がいると思われる。その心配は全て正しい知識を持たないことから生じるのである。よって、まず自分にできること、もしくはやるべきことは、被災地に対して正しい知識をつけることである。一番被災地の現状を理解し、そして農業の再生のために尽くしているのは、大学の教員をはじめとした研究者である。そして、その研究者たちから現地に付いての生の声を聴き、講義を受けることが出来る存在こそ、我々学生である。学生という数々の事を学ぶことに時間を割くことが許された今だからこそ、我々は正しい知識をつけなくてはいけないのである。
    そして、もう一つ我々に出来ることは、行動すること、すなわち被災地に実際に赴くことである。自分は今まで一度も被災地を訪れたことはない。そんな自分が他人に対して、自分が人から聞いたこと、例を挙げれば今回の講義で習った農地除染法についてや、本や新聞で学んだ知識を披露しても、現場にも行ったことのない学生が少しかじった程度の知識に過ぎないだろう。だから、ボランティアや交流会等どんな形でもいいから現場に赴き、被災地の現状を自分の目で見ることが必要である。被災地に住んでいる人たちの話を聞いて、実際にどのような問題に苦しんでいるのか、国からどのような支援を望んでいるのか、自分たちは今の被災地に対してどのような印象を持っているのか等を直に知ることが出来る。このように現場で様々な事を学ぶことが出来れば、地元に帰った時、自分はただの学生から、実際に被災地の現状を見てきた一人の体験者になることが出来るのである。体験者となった自分が他人に対して知識を披露すれば、それはもう現場の生の声となるため、話にも信憑性や熱意が加わり、聞き手にも興味を持ってもらえるだろう。
    また、行動するという意味で、被災地で行われている農業再生の取り組みに参加することも出来たら、なお良いだろう。勿論データをとったりするような専門的な知識が必要な取り組みには参加出来ないだろうけれど、例えば調査をスムーズに行うために雑草などを除去したり、アンケート調査など人数が必要な取り組みには協力することが出来るだろう。そんな形の参加でも農業再生の取り組みに関わる人の輪を広げることには変わりないのだから、無駄な事ではないだろう。
     今回の講義を聞いて自分はいつまでも被災地の問題に対して受け身の立場ではいけないと感じた。今は少しでも知識をつけることに尽力し、そして機会があれば被災地で行われている取り組みに参加したいと思う

  28. 2015/01/26 (月) 22:25

    被災地の農業再生のために私ができることは、被災地で取れた農作物を買うこと、汚染された土壌でも栽培できる作物について研究し、それを普及させることが挙げられます。
    まず一つ目の被災地で取れた農作物を買うということについて。私も震災直後は東北で収穫した農作物は食べたくないと考えていました。テレビや新聞などで過剰に取り上げら、東北で育った野菜はすべて安全ではないと考えるようになっていたのかもしれません。しかし、きちんと情報を自分で整理し、全部が全部危険ではないと知ってから、少しずつ考え方が変わりました。私一人が被災地の農作物を買ったとしても、ほんのわずかな消費量にしかなりませんので、私が被災地の農作物を買うというよりは、多くの人に被災地で取れた農作物を買ってもらえるように、今回の講義で教わった放射線についての知識も含め正しい情報を発信しようと思います。私と同様に風評被害などで、震災直後は被災地で取れた農産物は敬遠される傾向がありました。しかし、農林水産省「食料・農業・農村及び水産業・水産物に関する意識・意向調査」(平成24(2012)年1〜2月及び平成25(2013)年2月実施の被災県で生産された農産物の販売・利用を行う店舗・イベントをどう思うかというアンケート項目では、80%近くの人が「機会があれば利用したい」と回答していました。月日が経つにつれて、風評被害も少なくなり、被災地復興の手助けをしようと考えている人が増えてきているのも事実だとおもいます。本当に安全かどうか実際にまだ科学では証明できていない部分もあるので、今回のアンケートの回答で「どちらでもない」と回答した人が13%の人に被災地の農作物に興味を持ってもらえるようなイベント等を開けたらいいと思います。
     二つ目の汚染された土壌でも栽培できる作物について研究し、普及させることです。汚染土壌で生育可能な新たな作物や品種について、すぐには思いつきませんが、農学部の学生として、研究することは可能だと思います。現在、実際に行われているもののうちの一つに、植物工場があります。植物工場で栽培する野菜は農薬を減らしたり、甘みが増すなどの付加価値をつけたりすることができるので、差別化を行い販売することが可能であると考えられています。また工場内は温度管理もできるので、東北の寒い冬でも農作物を栽培できるメリットがあります。私は1年生の時に農場での実習の一部で、植物工場で葉菜類の栽培を行ったことがありますのでこの経験を生かし、農家の方に栽培方法を指導し、植物工場を普及することが出来ると思います。
     
    参考引用文献
    http://www.granpa.co.jp/safety.html 
    株式会社グランパホームページ アクセス日2015.1.23
    http://www.maff.go.jp/j/tokei/index.html
    農林水産省 ホームページ アクセス日2015.1.23

  29. 2015/01/26 (月) 22:31

     私たちができる農業再生について、まず一つは実際に被災地に行く機会があれば、積極的に行くことだと思う。
    それが農業に関係することならそれが一番いいが、そうでなくても被災地に足を運び、自分の目で見るというのは大事なことだと思う。足を運ぶだけでわかることはたくさんあるだろう。例えば、土地の様子や人の様子などだ。
    そして、次に大切なことは、自分の見たものや知ったことを、自分の周りに伝えることだと思う。
     私自身、高校生の時までは東北に住んでおり、震災も経験している。その経験を通じて知ったことは、災害などは自分自身が経験しなければ実感できないということだ。無論、これは地震や津波だけではなく、仮設住宅での暮らしや住んでいた場所から離れなければならない辛さも同じだと思う。実際、私も(原発事故などが直接の原因ではなかったものの)震災後すぐに、引っ越しと転校を経験しているため、住んでいた場所から離れる辛さはよくわかる。しかも、何十年も前から代々住んでいた人々ならなおさらだろう。
     だからこそ、私は現状を伝えるということは何より大事だと思う。例えば、大学などでも被災地のボランティアを募集していることがある。それらに参加し、見たものを他人に伝えるということも、大切なことではないだろうか?
     情報技術の発展が進む現代では、情報はすぐに広がる。それが正しいもので、正しく伝わっていればいいのだが、そうではないことも多い。だからこそ、間違った知識や憶測で風評被害を生むことも少なくない。原発や放射線に関しても、今回の講義で初めて知ったことは多い。正しい知識のないまま人々が、必要以上に放射線や放射能を怖がったまま敬遠していたら、農業の再生は遠いものになるだろう。
     現場に行ったり、何かの講演会に参加したりしたとき、それで得た知識について自分で考え、他の人に伝える。これは、大学生でも出来ることだと思う。
     さらに、自分が情報の受け手になるときには、その受け取った情報が正しいのか否か、考えることが重要だと思う。
     そして、最後に、自分がこれから学ぶことや研究することについて、何の役に立つか広い視点に立って考えてみることだと思う。
     この先、新しいことを学ぶときや研究室に入るときに、そのことが将来何の役に立つのかを考えること。また、その学んだ知識と他の知識にどんなつながりがあるのか考えること。
    知識を覚えただけで終わらせない。研究をただ研究するだけで終わらせない。広い視野を持って何に役立つかを考えることも農学を学んでいる私にとって被災地の農業再生の一歩になるだろう。

  30. 2015/01/26 (月) 22:46

    今回の講義を聞いて農地を除染し同時に肥沃な土壌を残すことの大変さを学ぶことができました。凍った土壌を取り除くことは大きな機械を使うことなくできるので効率的で素晴らしいと思いました。さらに土地が凍り、休耕している時期に除染することができると生産に対する影響も少なく、様々な人にとって試しやすいと思いました。
    私自身が出来る被災地の農業再生としては、除染をするということだと思います。一番関心があるのは、メディアなどでもよく耳にするファイトレメディエーションです。植物を植えることで除染するというのは簡単なことなので、だれでも始められると思います。うまく結果が出ないということを聞きますが、カリを多く吸収する植物で成功するとよいと思います。被災地の農地で作物を育てるとイノシシなどで畑を荒らされる危険があります。畑を荒らされると汚染された土がさらに深くまで混ざりよくないと今回の講義で学びました。それを防ぐためにも、景観のためにも花などで除染効果のあるものが見つかるといいと思います。深耕の効果がないようにするためにも、浅く根をはる植物が良いのではないかと思います。はぎ取る表土と同じ5〜8pの根を張るもので、ファイトレメディエーションの効果が期待される植物が見つかって欲しいです。ただし、その植物を植えている間は作物が生産できないので、生産面での問題など様々な課題もあります。

    今回の講義で自分がいかに土壌や作物の知識がないか実感しました。これをきっかけにさらに土壌のことを学びたいと思いました。

  31. 2015/01/27 (火) 0:00

    私が東北大地震によって被災した地域のためにできることを以下の2つにまとめた。もともと環境やエネルギーに興味があり、また溝口先生の話を聞いて、やはり原発の問題に興味を持ったので、被災地の中でも福島に焦点を当てたい。
    被災地の農業再生には、知識や技術、人手やモチベーションなど、あらゆる要素からの支援が必要である。その中で大学生ができる支援は、やはり労働と一次産業従事者のモチベーションではないだろうか。
    ひとつめは、少しでも多くの人と「行って考える」こと。
    私は震災が起きたとき高校3年になる直前で、テレビとネットからしか知ることのできない東北の現状のために何かできないかと居てもたってもいられなく感じていた。それでも臆病な一高校生にすぎなく、受験期がはじまることや部活のことを無視できず、ボランティアに行くことはできなかった。精一杯の勇気を振りしぼってできたのは、近所を回って支援できるものをあつめて、小さな段ボール箱に詰め、それを抱えて電車に揺られ、都内の支援物資集積所に運ぶことだけだった。
    大学に入ってからも、直接的には東北の被害に対してやったことは特になく、震災支援に関してはある種コンプレックスのようなものを感じている。そのような気持ちから私は、何か被災地の、特に一次産業の再生に関与できる話が来たら、すぐに行きたいという気持ちがある。何かできないかとずっと感じているが機会をつかめない学生も他にいるのではないだろうか。
    私は食や農の分野で課外活動をしており、明治大学だけでなく、関東や全国に食や農に興味のある人とのつながりが多くある。その中には、私も含め被災地の現場を見たいという人が何人もいる。先生が授業で紹介されていた、避難区域にある自宅に戻って生活しているおじいちゃんは、若者が通っていることがきっかけで、この土地を守り継ぐモチベーションが湧いたという。そのような変化を起こせるのであれば、まずは上記のような学生を「連れていく」ことが大切なのではないだろうか(もちろん放射線量の健康上の配慮の上で)。そのうえで、「考える」機会をつくること。
    二つ目は、間接的な再生にはなるが、みんなが本当に大切なことはなんなのか?を考えられる社会をつくるということである。エネルギーが本当にこれほど必要なのか?原子力とのあるべき付き合い方は?などを多くの人が考え、行動に移す社会。この手段は本当にたくさんあるので、学生にも今すぐできることがあると考える。私も模索中である。
    大変申し訳ないですが、進路の事情で悲惨なレポートとなってしまいました。でも先生の話は本当に本当に感銘を受けました。私も連れて行ってもらいたいです。
    また連絡するかもしれないのでよろしくおねがいいたします。



みぞらぼ
amizo[at]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
Update by mizo (2015.1.27)