地球のお医者さん

        (1993.9.8)

生物資源学部 溝口勝

 いま地球が病んでいるという。人間が自然に対して負荷をかけ過ぎたためだ そうだ。地球の過労死かな?こんな時代に我々は一体何をすべきなのだろう。 病気の原因を科学的に徹底的に究明する。その原因を取り除くような運動を繰 り広げる。方法はいろいろ考えられる。しかし現にこうなってしまった状態を 具体的にどう解決するか。地球の臨床医が必要な時である。

 農業土木というのは地球を皮膚の上からいじっている外科医のようなものだ。 砂漠での潅漑や農用地の開発保全など昔から地球のお医者さんをやっている。 そして今は生活・工業排水による河川や湖沼の水質浄化の臨床技術が求め られている。

 名古屋などの都市部では一般市民の目に触れないところで黙々と地下鉄用の トンネルが掘られている。掘削された土は粘土成分が多いため水を含むとドロ ドロ、干涸らびるとガチガチで取扱いが厄介である。おまけに工事現場から出 てきたというだけで産業廃棄物のレッテルが張られる。しかしそんな厄介者の 粘土さんだって立派な地球(地域)の立て役者だ。自然から出てきたものは自 然に帰すことを基本に、当研究室では現在「やきもの」に取り組んでいる。

 と 言っても、芸術作品を目指しているわけではない。東海地方には焼き物に良質 の粘土が多いのにヒントを得て、産廃土(産業廃棄物処理土)を使って多孔性 の小石を作ろうとしている。「小鮒釣りし、かの川」では小石やら土の周りに 藻や水草が繁って、水中微生物と共に生態系が形成され、その結果として水が 浄化されていたはずなのだ。多孔性の小石には微生物の「おうち」として機能 を発揮してもらおうと云うわけである。もちろんそんな単純なことだけでうま く行くことはなく秘密の工夫が必要だが、基本的には自然の資源(地域資源) を有効に利用した自然に優しい土木工学を目指している。

 日本では地球・地域環境に対する取り組みがようやく始まったに過ぎない。 欧米に比べ るとやや対応が遅れている点もあるかも知れない。しかし降水量が豊富で人口 過密の日本で起こる環境問題には、乾燥地に対応したアメリカの手法をそのま ま導入できないのも事実である。バイテクを応用し地球の病気に効く妙薬を作 る技術と同時に、地球の臨床医として全体のバランスを考えつつ治療する日本 独自の技術の創出も必要である。

 私は学生時代に土壌物理を学び、凍結に伴う土中の物質とエネルギーの移動 現象を研究し、その中で粘土表面に吸着する不凍水に興味を持った。アメリカ 留学を契機に粘土と水の相互作用にますます興味を深め、そして今はその粘土 を積極的に環境改善に利用しようと試みている。土は本当に面白い。そして、 古くて新しいドボクはこれまた面白い。

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