検証-三重大学の国際性

        (1995.1)

生物資源学部 溝口勝

 1990.12-1992.2の約14ヶ月間、客員助教授として私はアメリカ・インデ ィアナ州のパデュー大学に滞在した。最初の6ヶ月は各国の院生と大学院生寮 で、残りの8ヶ月は家族と学生夫婦寮で過ごした。ここで述べることは単なる 「ないものねだり」かも知れないが、それを記述することで三重大学の国際性 というものを考える材料にしてみたい。

1.施設

 パデュー大学はシカゴから車で南に約2時間半、インディアナポリスから北 に1時間走った穀倉地帯のどまん中に位置する。内陸性の気候のため夏は暑く 冬はとにかく寒い。大学の周辺にはいわゆる都会的なものは何にもなく、町そ のものが大学のためにあるという感じである。教員や学生達はこの隔離された 状況の中で学問に集中することになる。

 キャンパス内はとにかく美しい。煉瓦づくりの古い建物や近代的なビルが芝 生の緑色あるいは雪の白色とバランスよく調和した配置になっている。キャン パス内には大学の管理する学生寮や大学院生寮が完備していて、寒い冬などに は地下通路を使って教室に直行できるようにもなっている。建物を含めた施設 は決して新しくはないが各ビルごとに毎日の維持管理が行き届いているため に、廊下の一部が禿げたままになっているとか、水道がでないままになってい るとかといったことがない。教室や研究室は掃除専門の人が毎朝4時頃から掃 除しているのでいつもきれいである。三重大学と比べると、まず建物の配置・ 機能性がすばらしく、古いものでも大切に維持管理されている点が印象的で あった。

 結婚している学生には夫婦寮も用意されている。教室までは歩いて行ける距 離である。寮の周りには公園や運動場があって、いろんな国の子供達が遊んで いる。近くにはデイケアーセンター(保育園)もあって子供がいる学生でも安 心して授業に行ける。たとえ保育園に入れなくても依頼すれば夫婦寮内にいる 同年代の子供を持つ母親がベビーシッターになってくれる。わが家では1歳半 の子供を中国人に看て貰っていたために、アメリカに住んでいるのにいつの間 にか中国語を喋るようになっていた。(残念ながら今はもうほとんど忘れてい る)

 総合図書館をはじめ、各学部(学科)毎に立派な図書館がある。これらは 24時間解放されていて、学生は自分の生活パターンに応じて好きな時間に利 用できる。専門の図書館職員は厳密に公務員タイムで勤務であるが、5時以降 はアルバイトの学生が利用者の質問や相談に応じている。コンピュータによる 索引システムも浸透していて、欲しい情報は瞬時に引き出すこともできる。

 キャンパス内にはフットボール場やいくつもの体育館があって、大学対抗戦 やプロスポーツ等に利用されている。体育館の一つは会員制のトレーニングジ ムとして一般学生や教職員および一般住民にも解放されている。運動不足を感 じている個人、友達とバスケットやラケットボールの対抗戦を楽しむ者などが よく利用している。ジムには体育専攻の(美しい?)トレーナーが付いていて 正しいトレーニング方法なども指導してくれる。解放された施設というイメー ジがピッタリである。

 大学院生の多くは留学生ということもあって、その受け入れや卒業の手続き などは実にシステマティックに行われる。しかも担当の人は留学生の苦労を 知っているためか大変親切である。もっとも逆に学生夫婦寮の担当者の横柄な 態度には頭にきたので、結局は単なる人間性が出ているだけの問題かも知れな い。

 さて、三重大学はいかがだろうか?

2.教育

 教育システムと授業方法などについては、日本とアメリカのお国柄の違いが 多くの人に指摘されているのでここでは省略する。ただ、印象的だったのはあ ちらの学生はよく質問をすることである。また先生も学生から教え方を評価さ れ(ることがあ)るので、準備も容易周到で説明も分かりやすい。「大学教官 は研究者であり、学生は自ら学ぶものである」とか言って授業に工夫を凝らそ うともしない日本の先生とは大違いである。

 アメリカの大学院生の多くは留学生ということもあって、英語の問題は常に ついてまわる。中国系、メキシコ系やアフリカ系、いろんな国の人々が母国語 でない英語でコミュニケーションしなければならない。こうした英語を母国語 としない人のために、教育学部の先生および院生によって0番の授業が毎日開 講されている。0番というのは大学0年生(1年生以前)が収得すべきコース である。このコースの人気は非常に高くいつも定員オーバーの状態である。多 くの留学生はこうして英語に磨き(?)をかけている。もちろん、レポートは 英語である。なんとか会話ができる留学生も自分の考えを文章で表現しなけれ ばならない。これは留学生にとって大変な苦労である。こういう人々のため に、Writing lab (WL,ライティングラボ)と呼ばれる作文相談所を利 用できる。日本の歯医者さんのように予約をしてその時間帯(通常は30分) に文章の添削や書き方を無料で教えてもらえる。相談員は日本でいえばいわゆ る国語科の大学院生である。私もよくWLを利用したものだ。三重大学にも日 本語のこうした制度があれば留学生も随分助かるに違いない。

 しかしこうしたことができるのも、アメリカでは大学院生をTA (Teaching Assistant)やRA(Research Asssistant)として雇用 できる制度が浸透しているからである。人に教えることによって自分自身の勉 強にもなり、しかも報酬も貰える。TAの採用は学期毎に公募されるので、働 きが悪いとすぐ首が飛ぶ。いい意味で緊張感が保たれる。遊ぶ金欲しさに自分 の専門外の所でアルバイトに精を出す三重大学の事情とはずいぶん違う。日本 で実現可能かどうかは分からないが、こうした正しいTA制度を何とか三重大 学で根付かせたいものである。(生物資源学部では去年あたりから名目上の制 度を実施しているが運用方法不十分であるように思う)

3.研究

 大学はやっぱり研究が勝負である。優れた研究者や施設を有する大学は知名 度も高く、学生も集まって来る。その学生達を最新の研究を交えながら研究者 兼教育者が教育する。まあ研究制度に関しては愚痴を書き出したらきりがない ので止めとこう。ただひとつ、大学教員各自が高い理想を持ち続け努力するし かないであろう。でもやっぱり一言いわして貰えば、日本の(地方)大学の地 位は低すぎる。科研費をはじめとする文部省予算は旧帝大に片寄っているし、 そのおこぼれを貰うために帝大の教授にペコペコしたりもする。世界の日本企 業だって自国の大学に共同研究を持ちかけずに重要なものについてはアメリカ の大学に研究費を投入しているのだ。全くなめられていますよ、日本の大学研 究は。

4.地域とのふれあい

 パデューキャンパス内には国際交流センターという、公民館みたいな集会場 がある。ここは年中解放されていて、英語、中国語講座、日本語講座、スペイ ン語講座など無料の語学教室が開講されている。講師は退職した先生やこれま たTAのその国の留学生たちである。勉強というよりは異文化を知りたい人た ちが集まって来る。私も時々顔を出しては日本のことを紹介したり、将棋を 知っているというへぼアメリカ人の相手などもしてあげた。

 こうした集会場は別の所にもいくつかある。その一つのモートンセンターに もよく通った。ここには退職した人々がボランティアで英語教室を開いてい た。英語教室といっても4・5人で面白そうな新聞の記事を音読するというも のである。おばあちゃん/おじいちゃん先生が発音を直してくれたり単語の意 味を説明してくれたりするが、ほとんどは単なるおしゃべりであり、アメリカ 人のシニア先生も異文化に触れることを楽しんでいるようであった。政治に関 する記事を読めば、日本ではどうだとか、中国ではどうだとか、経済の話が出 ればどうだとか、その国々の事情を説明し自分の意見を述べあうのである。日 本のことが記事になっているときなどは私が日本を代表して解説しなければな らない。その意味でも英語そのものよりも日本の文化・経済・歴史など専門以 外の一般教養を身につけておく必要性をいつも感じた。

5.いま三重大学は?

 三重大にも最近留学生が増えている。留学生の弁論大会や旅行なども企画・ 実施されている。大変いいことだと思う。これからもこうした機会を増やし て、キャンパス内・地域ぐるみで暖かく交流を深めていきたいものである。今 年の大学祭で連合会が実施したガレージセールなんかもいい試みであると思 う。しかし私たち自身が留学生に対して垣根を作ってしまっていてはそれもう まくいかない。はじめから留学生が日本語を話せればいいのであるが、それは 余りにも彼らに負担を強いることになろう。となれば、受け入れ側の私たちが コニュケーションを図るためにせめて片言英語でもいいから共通の言葉を身に つける努力をするしかない。そのためには管理面で多少の問題はあるかも知れ ないが、LL教室などを三重大学の国際貢献に興味を持つ学生や教員に解放し て語学研修の助けとするのも一案であると思う。  三重大学の国際性は施設や制度などのハード面ではまだまだ不十分である が、ふれあいを求めるソフト面では確実に進歩してきている。大学にいる全て の人が三重大学の国際性ということを意識しつつ努力していくことが大切であ ると思う。

ご意見は下記のアドレスへ


ホームページへ戻る(溝口勝
mizo@soil.en.a.u-tokyo.ac.jp