ネットワーク整備に入れ込む理由(わけ)

三重大学生物資源学部 溝口勝

農業土木学会誌,vol.67(7),pp.62-63(1996.7)

「あいつは論文も書かずどうしてしまったのだろう?」という、風の便りを聞く機会が増えてきた。親しい友人には個人的にその「理由」を時々話してきたが、時代が確かに情報ネットワーク化の方向に動き始めてしまったようなので僕の本音をつぶやいておこうと思う。

そもそも僕がアメリカの研究者と研究連絡の「道具」として電子メールを始めたのは、アメリカから帰国した直後の92年3月。大学の情報処理センターでも利用環境をぼちぼちと整備しようかと計画が持ち上がっていた頃だった。

以前、学会誌にも書いた1)が、たった1年の滞米で僕が研究できたのも、アメリカという国は実験装置やそれを管理する人々を含めて、きちんとした研究「体制」ができているのが最大の理由だった。アメリカではやる気さえあれば諸々の雑務に忙殺されることなく研究成果が出てくるようになっている。(逆にその分競争が熾烈過ぎる面もあるが)対照的に日本では、装置1つを買うのにも地方にはなかなか予算が流れてこない。その予算をもらうためには中央の権威者に媚びを売らなければならない。筑波あたりに眠っていそうな装置を使いに行くにも旅費がない、・・・・。地方にいるといろんな障壁が見えてくる。その地方の不満を言ったところで中央の責任を負っている人々もまたべらぼうに忙しいときている。インターネットというのはそうした中央集権化した、歪みの見える日本の体質とは無関係に、世界の人々と直接やり取りできるメリットがある。(もっとも集団的行動を好む日本のお役所もインターネットに目を付け始めたので、そんな自由も今だけだろうけれど)

さて、残念ながら僕が帰国した頃、大学にはまだその「道具」を使う施設が十分に整備されていなかった。仕方がないので、自分で使える環境を作ることにした。学部のごく少数の若手教官と協力しながら、自分たちが使える環境を整備した。利用環境がほぼできあがってくると、我も我もとそれを利用したい人々が使い方を聞きに来た。ひっきりなしに電話が鳴った。偉そうに「使えるようにしろ」などという他コースの教授もいた。内心「何で僕が…」と思いながらそれらに応じた。何度説明してもなかなか理解してもらえないので、学生に使い方を教えて教授の面倒を見てもらった。こうして生物資源学部のネットワーク(bioNET)の原型ができてきた2)。

一部の学生が使い始めると、ふだんの講義では寝ているような学生も目を輝かせて「使ってみたい」と僕の部屋を訪ねて来るようになった。まあこれからの時代の必携の道具だし一人一人対応するのも面倒だ! そこで一部の学生たちと学部内サークルを組織して、パソコン(PC-UNIX)上に学部の学生全員のIDを発行した。

学生が自由に使えるコンピュータ室や機器の工面を学部事務にお願いしまくった。その事務屋さんに協力してもらうために事務室にもネットワークを広げ使い方を教えた。インターネットの存在すら知らない教授らの抵抗・非難に耐え続けた。

アメリカだったならこうした仕事は学部の専任技官が責任を持ってやってくれるのに…。(テクニシャンとして誇りを持って、学部内全てのコンピュータの維持管理に毎日走り回っていたパデューの髭面Bobはどうしているだろう)

bioNET管理者グループで学部長・事務長に交渉を申し込み専任技官のポストを要求した。総論で賛成してもらえたものの未だ実行は伴われていない。ボランティア強制労働者として、相変わらずシステム・ユーザ管理に毎日忙殺される。

若者の時間を平気で搾取しながらもやっとのことで電子メールが使えるようになったのが余程嬉しいのだろうか、ボランティア集団が運営している「しくみ」など全く理解しようともせず、間違いメールを乱発している教授から陰口だけが聞こえてくる。

「みんな業績を稼ぐのに必死になっているときに、あいつは論文も書かずにインターネットで遊んでばかりいる」

・ ・・・・

奮闘は今も続いている。(そう言えば最近ストレスと運動不足で太ってきたなー。でもこうして不満を表明しているだけ僕はまだマシか!全国の大学にはじっと堪え続けているボランティア強制労働者はサーバの数だけいるだろうから)

日本の大学に、フェアーな研究競争を行う環境はいつできるのだろう。やる気のある若い学生が失望せず、大学で自由に研究できる環境は誰が創るべきなのだろう。世界の人々が国境を越えて研究を始める以前のアイディアをインターネット上で議論しているこの瞬間、一刻も早く日本の中にネットワーク環境を整備しておかなければ、「これからの」日本の研究は・・・。悩みは尽きません。

こんな事考えずに、「自分」の論文を書いている方が身のためなのかなー?

でもまっ、いいかー。お陰で組織というバケモノの中に存在するいろんな人間模様を見ることができたし。ついでだからインターネットでしかできない事3)は今のうちにやってしまおうっ、と。

1)パデュー大学滞在記,農業土木学会誌,60, pp.785-786(1992)
2) http://www.bio.mie-u.ac.jp/docs0/guide/indexj.html
3)http://soil.en.a.u-tokyo.ac.jp/~mizo/inetworks.html