環境修復学21@岩手大学レポート

担当教員: 溝口勝(東京大学)

課題: 【講義資料】の中から2つを選んでその行間を読み、考えたこと・質問したいことを書きなさい。


  1. 「土壌物理学者が仕掛ける農業復興-農民による農民のための農地除染」を読んで


     東日本大震災における原発事故の影響による汚染は当時こそよくメディアで取り上げられていたものの、現在ではそこまで見なくなっていたし自分の周りの中でも風化しつつあることであったので、この文章によって思い出されたしまだ終わっていないものだと思った。自分の中で除染とは土を裏返すまたは表土を廃棄する程度としか浮かばなかったし、そもそも一般人がやっていいものだとは思っていなかった。ましてや自分たちの農地を利用してとなると安全面が不安でしょうがないし、今は大丈夫だとしても数年後に徐々に再度汚染されてしまうのではないかと、文章の中でもあったような疑問を私も抱いていた。それらを払しょくすることがどれだけ大変であるかを考えるとすごいのだなと思う。
     今回は地元住民の地域への思いのようなものもあったが、それらを考慮して取り組んでいくことに私は大賛成だ。ただ機械的に汚染土を排除するという問題だけを処理し続けても、その分自分たちの土地は荒らされているわけで、いくら住民のためとはいえふるさとへの攻撃というとらえ方もできてしまう。そのような住民の思いにこたえていきながらも問題を解決していくことができる技術者が求められているし、私もそのような技術者を目指したい。話の中で、「米を削ることで大吟醸ができるのではないか」という、逆境をプラスに変えていくような内容があった。これに飯館村の人々の強さとこれからに向かう気持ちを感じた。このようにして人々の生きがいを創出していくことが同時にできていることは理想の形であると思う。生きがいを創出してその地での生活が楽しくなることこそ本当の地域おこしだと私は思う。
     先生が「農家自身で除染した場合は助成金を出したほうが良い」と話されていたように、国民が自分で行うことに対するサポートの体制をより充実させていくべきだなと思う。それなら私たちが納めている税がどのように使われているかわかりやすいし、自分たちのために使われていると実感できれば税を払うことにも前向きになっていくと思う。若者がなにかに挑戦することに対して抵抗を少しでも無くすこともできるし、日本の経済活動もさらに活発となるのではないだろうか。最近では、49歳以下の新規就農者に1000万円の寄付が出るといった活動があった。農業を始めるとなると正直この額だけでは厳しいと思うが、比較的始めやすくなったのは間違いないだろう。
    この話では自分の中での地域における考え方の再認識と被災地に対する考え方、特に除染のことについて学べた。除染活動を自分たちで行うということに対する意味を始めて理解することができた。


    「スマート農業の死角」を読んで


     スマート農業が注目されている中で、やはりどのように広めていくかが課題であると思う。「2025年までに農業の担い手のほぼ全員がデータを活用できるようにする」という宣言があったが実際に可能であるかどうかは個人的には疑問しかなかった。私の実家の周りには農業をやっている人が多いのだが、あと三年ほどで浸透するとは考えにくい。5Gになることで通信インフラにおいても整備が進んでいくだろうが、果たして利用するまでに至るのだろうか。「誰でもできる」という部分は長期的に見れば可能だが、あと数年では厳しいだろう。具体的にどのように活動していくか今後注目していきたい。
    日本が農業において海外と差別化を図るにあたって、「家族農業」が取り上げられることに驚いた。しかも国連総会でも10年間を家族農業に重きを置くということで世界的にも注目していることにさらに驚いた。たしかに、日本の地形や気象条件は他の国にはないものが多いし、それによって日本特有の技術や文化が生まれたことも事実だと思う。スマート農業の普及によってさらに新たな日本だからこそできる農業が開拓されていくと面白いと思う。大規模では難しい繊細な作業や工夫ができることが日本の農業の強みで、そこにアイデア性が加わればいいと思う。
    話は少し変わるが、農家がもしスマート農業を使いこなすようになったら他のアプリなども使いこなすことが容易になるかもしれない。私の友達が、野菜を農協等に任せず消費者と直接やり取りすることで農家の収入を向上させ、地産地消を促進させようと考えていた。課題点が多く取り組めば取り組むほどさらに難しさが出てくるだろうが、このようなアイデアをどんどん出していきたい。私はそのような柔軟な発想があまりできないので、生まれたアイデアを形にできるような技術者になりたい。卒業研究では自動給水装置の生態系絵の影響といったテーマで研究を進めていきたいと考えているので、今そのために公務員と並行して勉強をしていきたいと思う。



  2. 講義資料 「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」


    今回、溝口先生とその関係者の人たちによる飯舘村の除染作業を含めた多くの取り組みについて拝見しましたが、どれも非常に興味が惹かれる内容でした。まず、福島原発事故による汚染被害の復興作業についてですが、ここで紹介された、までい工法という方法はとても画期的だと感じました。私は放射線セシウムというのは土壌においてどの物質にも同様に吸着されるものであって、除去するには汚染された土そのものをまるごと取り除いて処分するしかないのだと思っていました。そのため、震災からしばらく経った後、ニュースでは仮置き場に蓄積されていく廃土の問題は度々取り上げられており、当時それを見ていた私は、原発事故による影響の大きさと解決に向けての困難さといったものを痛感させられました。しかし、このまでい工法は、セシウムが実際のところ、浅い表土の粘土鉱物のみに吸着していることに注目し、部分的に除去して埋設させるというもので、従来の方法と比べてみると、作業の負担が小さく生じる廃土も減り、これまでの除染作業の認識を覆す方法でした。しかし、国が定めた除染方法を変えることは容易ではなく、その後の役場の人たちとのやりとりについても説明されていました。そのため、除染方法を改善するには実験によるデータの収集も重要であると同時に、除染を担当する国の機関と対話を重ね、信頼関係を深めていくことも重要なのだと知ることができました。また、記事内では「若妻の翼」という取り組みにについても非常に印象的でした。地域の活性化計画の一つとして若者の活躍する場を設けるという方法は至る所で見受けられますが、若い女性をヨーロッパに10 日間旅行させるというのは、新しい価値観や異文化を学ぶ上でとても効果的であるように感じます。しかし、ヨーロッパの他にも日本から近い中国や韓国などの東アジア圏の国々に旅行してもらうプランなどもあれば、より多くの考え方を持つ女性が増えていくのではないかと思います。


    講義資料「スマート農業の死角」


    日本では農業従事者が現在も減少中ですが、これは単純に農業の人手が不足しているというわけではなく昔よりも農業の単位面積で必要となる人員が減ったというのも大きな理由の一つなのではないかと考えます。つまり農業は時代を重ねるごとに生産性の効率化を図ってきたというわけです。その効率化を支えてきたのは田植機や脱穀機、代掻き機など多くの農作業機によるものが大きいと考えます。そして今後は農業の管理方法に情報通信技術を組み込むことで、さらに効率性と正確性を向上させることができるのでしょう。しかし、通信環境の整っていない山間地域ではそれらの実施が難しく、まずは基盤となる設備を用意するのが必要になってくるのだと説明されていました。そのほかにも、農業従事者の中には高齢の人が多く、インターネットの使い方がわからないという人も大勢いると思います。そのため、これらのICT を用いた管理を普及させるためには、実際に農家の人を訪ね、その実用性を理解を示してもらうことが非常に重要になってくるのではないかと考えます。



  3. 「農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える」を読んで


     現在の日本はインターネットが普及しており、私自身毎日何度も検索機能やSNSなどを当たり前のように利用しているが、これによって私自身が様々なものや人と相互に“つなぐ・つながる”といった関係を構築しているということは意識したことがなかった。
     大学の授業内でスマート農業という単語はよく出てくる。スマート農業とは、「農業にICTやIoTなどの技術を導入することによって労働力不足などの様々な問題の解決を目指すものである」というように認識していたが、これらの技術によって何かと何かを“つなげる”といった風に考えたことはなかった。
     一般的に田舎と言えば通信環境があまりよくなく、インターネットは普及していない。近年、農業用のロボットやドローンなどの開発も進んできているが、農村は通信インフラが進んでいないことが多く、これらを活用できない場所も少なくない。インターネットが普及しない限り、田舎が都会とつながることはあまり容易ではないように感じる。田舎と都会がそれぞれお互いの状況、課題などを理解したり、それぞれの姿から刺激やヒントを受け取ったりする機会がまだ十分に与えられていない状態なのではないかと感じた。資料中にも、『田舎に高速通信インフラが導入されれば、都会の常識では思いもつかぬ農業農村の多面的機能が発見される可能性がある』とあるが、もしそうなったら、今まで農業に興味がなかった若者や都市の人も農業に興味を持つきっかけとなるかもしれないと思った。
    通信インフラが十分に整備されていない農村に住む農家の人たちは、仮にIoTなどの技術を活用できるようになっても、あまりなじみのないそれらの技術を農業に導入することにどうしても抵抗があるのではないかと思う。実際、IoTという言葉はまだそれほど世間に浸透しているわけでもないし、難しそうに感じてしまったり本当に導入する価値があるのかと疑問を持ってしまったりするのではないかと思う。通信インフラを整備することも大事であるが、今の段階でできる限り農村とIoTなどの技術の距離を縮め、つながる準備をしておくことも大切なのではないかと思った。


    「土壌物理学者が仕掛ける農業復興 農民による農民のための農地除染」を読んで


     私自身、この資料を読むまで除染というのはそこそこ大がかりな作業によって行われるものでと思っていた。そのため、農家自身でできる農地除染法というものがあることに驚いた。除染という言葉から除去を想像していたため、セシウムを吸い取った粘度にきれいな土を被せたり、湖底に沈めたりすることによって放射線を遮蔽するという方法には驚いた。放射線は慎重に取り扱わなくてはいけないというイメージがあるので確かに地元住民の「地下水が汚染されるからやめてくれ」などといった安全性を懸念する声が出てきてしまうことは理解できてしまうと感じた。資料中にもYouTubeで泥水の濾過実験の動画を公開するなどしてこの除染法の安全性について説明したとあったが、除染に限らずその地で何か作業をするときはそこに住む住民に理解してもらい、住民の意思を尊重することが前提であると感じた。安全性に関しての信頼を得るのには時間がかかるかもしれないが、この除染法の方がはるかに効率がよく問題もないように感じたので、農家の方々が自分たちでできる農地除染法として前向きにとらえ、もっと広まっていくといいと思った。
     農家自身でできる除染法はとても効率的で良いものだと思ったが、私が農家の立場だったら完全に安全が保証されていない農地に足を踏み入れると言うことをまずためらってしまうのではないかと思った。しかし、高齢の避難者が狭い仮設住宅で精神的に追い込まれながら暮らすのと、たとえリスクがあるとしても馴染みのあるところに戻ってゆったりと生活するのとではどちらの方が良いかは、個人個人の価値観によるという考えを聞いて、それもその通りであると納得した。特に農民にとって土は大事なものであるから、除染のためとはいえ、汚染された土を「廃棄物」として扱うことに農民は怒りを感じてしまうという主張は受け入れるべきであると思った。
    農民は自分たちの大事な土に手を出してほしくないという気持ちを抑え、いちはやく自分たちの農地に安心して足を踏み入れることができるように除染について考えているのだろうと感じた。その農民の思いや価値観に寄り添い、かつてのように放射線の心配などせずにのびのびと住み慣れた町で暮らせる日が来ることを目標に除染について考えることが大事ではないかと感じた。



  4. (1)スマート農業で再生へ
     これを読んだときに思ったこと考えたことは、福島の農業が一回リセットされたことでスマート農業の導入の第一線で活躍できるという面には同感だったが、除染の方はどうなっているのだろうと思った。
     新聞の記事に書いてある通り、汚染された土壌にきれいな土壌をかぶせる方法はとても不安が残るものだと思った。地下水への影響は新聞に書いてあるように不安だが、某市場の建設予定地の地下にごみの埋め立てがあるとの事で話題になったこともあり、地下に放射性物質が残っている状態の生産物ははたして世間に受け入れられるのだろうかと思った。汚染された土壌の上にきれいな土壌をかぶせる方法に関して先生は今どのようにお考えか知りたいと思った。(回答:某市場の土壌汚染と放射性セシウムの土壌汚染の問題は土壌への吸着メカニズムが違うので、提案した方法はいまでも正しいと思っています。)
     それとは別に、福島を農業の最先端後にしようとする試み自体は、とてもいいと思った。私自身飯田研究室で飯田先生のもとで学んでいるがスマート水管理による稲の生育変化の調査をしたいと思っていて、スマート農業にはとても期待していて、身近な福島がスマート農業の最先端の地になれば心強いと思った。なので、福島の農業最先端の地化は賛成である。


    (2)スマート農業の死角
     私はスマート農業推進派だったのでスマート農業の死角や欠点を考えたことがなかった。新聞の記事を読むと確かにその通りで、スマート農業には通信技術が不可欠で電波の届かないところでは効果がなく、そのような場所で行うにしてもコストがかかりすぎてしまう。さらに盲点だったのは、農作業をスマート化していったときにそこは農地といえるのか、はたまたそれがこれからを担う子供たちに継承していくべき農業なのかということである。
     日本の農業の世界に誇れていた部分は、伝統性と高品質であると勝手に思っている。そこを気にしたとき、果たしてスマート化した日本の農業は伝統的であるといえるのか、人の手でしっかりと管理してきたからこそ成り立っていた高品質は、スマート化によってもキープできるのかと新聞の記事を読んで思ってしまった。その点に関して、先生はどのようにお考えでしょうか。(回答:手作業だろうが機械作業だろうがしっかりと管理する心がけが継承されれば問題ないと思います。)



  5.  日本の農村地域では水・農地・環境に関するインフラの整備がされている一方で、通信インフラの整備行き届いていないことについて自分は懸念を抱くとともに、農村地域での通信インフラの整備がもたらす変化について思いをはせた。実例を挙げるのではなく類似した事象からその変化について考察してみた。去年から起きたコロナ禍の影響で、一時期メディアでは人里離れたところでのキャンプなどが流行っていることがよく取り上げられた。キャンプにはまった人の中には、キャンプ場を借りるのではなく自分だけのキャンプ場を手に入れるために条件の整った山地などを購入する者もいたようだった。さらには自身のキャンプ中の様子(料理や焚火など)を動画サイトなどでの配信、動画投稿すら行う者もいて、ブームを加速させていったように思える。ただこのような動画サイトの利用に際し、配信はあまり向いていないようで動画や音声が粗くなっているなど、リアルタイムでの接続は厳しいものを感じた。配信視聴者のリクエストに応えて何かしらのアクション(周囲の景色の紹介、道具の紹介など)を伝えるなどの、視聴者とのつながりを意識したときに大きな障害となることは望ましいものではないだろうし、高画質、高音質のもののほうが魅力を伝える上でも重要だと思われる。通信インフラの整備が山地に行き届けばこうした点も解消に向かうのだろうと思う。このことは農村地域にも当てはめられ、遠く離れた都市部であってもリアルタイムで高画質、高音質でつなぐことが出来れば、キャンプのように農業の様子やその周辺の景色、生物の紹介などが行えることで多くの人の関心・興味を寄せてもらえるのではないかと思います。また、農業を行っていく上で生じたトラブルや単純に農作業における疑問点を遠方にいる人物に相談して、リアルタイムで指示を聞きつつ解決ができるなどのメリットも存在しているものかと思います。こうした人とのつながりは都市部、農村部に住む人たち双方の物理的な距離を感じさせなくなるようなつながりであり、稼ぎ以外の農業へのモチベーションとなるものかと思いました。もしも通信インフラの整備が進んだのなら、都市部と農村部とのネットを通じての交流が盛んに行われる未来もあるのだろうかと感じました。ですが、その整備があまり行き届いていない現状に対して不満も感じ、どうすれば進んでいくのかについて知りたいと感じもしました。(回答:岸田総理の号令で最近デジタル田園都市国家構想実現会議ができたので今まさに動き始めたとも言えるでしょう。) 今思いつく限りでは、都市部と農村部とを通信でのつながりを強くしたときに多大なメリットが生じたという成功例を作ることです。(回答:はい、全く同感です。若者の視点で成功事例を作ることが大切だと思います。) 成功例があることは大きな注目を集め、ほかにも挑戦するケースが生まれることや行政からの支援を受けられることを期待できるのではないかと思いました。ただ、実行に際しての費用、場所、実行役の人物などの準備が大きな課題であり、当然ではありますが、絶対の成功は約束されていないため計画の実行に消極的になることも考えられました。立ちはだかる壁は大きいものですが、実際に挑戦しないことには現状を変えることは望めないとも思うとともに、今農村部での通信インフラの整備が行き届いていないのは、実際に行ったことがないという道への恐怖や抵抗感があるからだとも考えられ、挑戦することの必要性を文章の中から感じ取れたと思っています。


    参考講義資料
    ・農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える
    ・情報通信インフラ整備で開花する新しい農業農村の多面的機能



  6. スマート農業の死角


    考えたこと
    ・大学の一般教養の講義でsociety5.0の実現によって、これからの人々の生活は豊かになっていくかという議題でグループディスカッションをした記憶があるが、その時は何となく豊かになっていきそうだなと感じていた。しかしながら、学年が変わったことや社会の情勢が変わったことでsociety5.0やスマート農業に対する考え方が変わった。たしかに、スマート化を進めることで農業従事者の人手不足などの問題を少しばかり緩和させることができるかもしれないが、未来の農業の担い手を確保するには至らず、減少させてしまうのではないかと感じる。


    ・農業だけのみならず、他の産業についても言えることだが、次世代の後継者を育成するという視点で考えると、スマート農業など人工知能を利用した生産活動を普及させてしまうことでこれまでに先人たちが培ってきた知恵や技術、伝統といったものを捨ててしまうことになるのではないかと感じた。


    ・人工知能に依存してしまうと、いざという時に自分たちで問題を解決する力が低下してしまう恐れがあるため、土地や自然条件を考慮した上で、それぞれ使用方法や範囲などを試行錯誤しながら農業に人工知能などを使用していけばいいのではないかと感じた。また、地理条件の違いなどから、地域の特徴を活かした最新テクノロジーの使い方をしていくことで人々の生活がより豊かになるのではないかと感じた。


    ・実際に、最新テクノロジーを農業に導入する際にかかる費用や期間などがイメージしにくい上、society5.0 などは高齢の農家の方には馴染みがなく、使い方なども理解するのに時間が掛かってしまうのではないかと感じた。



    質問したいこと
    ・今後、スマート農業を普及させていくためには、どのような取り組みを進めていくべきか。(回答:いきなり大掛かりなことをするのではなく、身近なちょっとした工夫から始めるが大切だと思います。) 


    ・スマート農業を高齢者の方などに、興味を持ってもらうためにはどうしたらいいのか。(回答:ICT/IoTを使って高齢者の困っている身近な問題を解決する方法を提示することが大切だと思います。) 


    福島県飯舘村の除染に尽力−スマート農業で再生へ


    考えたこと
    ・震災前に約2年間福島県に住んでいたことがあるため、放射線によって汚染された土壌がスマート農業によって再生を目指すことができるというのは、とても興味深いと感じた。


    ・飯館村だけではなく、福島県には、放射能の影響を受けた農地や土壌が多く存在していると思うが、今後、それらの土地を再生させていくためには、土地の除染に加えて、人が返ってこなければ実現が難しいものになるのではないかと感じた。しかしながら、除染が進み、人が返ってきた際には、スマート農業などの導入、従来の農法と併用するなどの新しい農業の形を体現することが可能になると思うし、新しい農業の手本になるのではないだろうか。


    ・地域づくりの講義の中でも学んだことだが、ある地域や土地を再生・活性化させたい際には、地域の人々の関わり方というのがとても大切であると感じた。
    地域住民の方々の協力なしには、再生させることはできないし、地域の中で次の世代に受け継いでいくという活動も大切なことであるため、住民同士の関わりもとても重要な要素であると感じた。


    質問したいこと


    ・飯館村以外に、スマート農業を利用した再生事業のようなものはあるのか。(回答:再生という観点では私は知りません。調べてみて下さい。) 
    ・飯館村の活動の中で、苦労したことや新しい発見などはあったか。(回答:今でも苦労と発見の連続です。だからこそ今も飯舘村通いが続いているのかも知れません。) 




  7. 「スマート農業の死角」


    近年、政府は Society5.0 を掲げて経済の発展を図り、より良い社会作りへと向かってい る。農業もその波に乗り、これまでの農業ではなく、ロボットなどを用いたスマート農業へ と移行する流れである。
    この記事の途中に、「無人の農場を農業ロボットが作業する光景は果たして未来の子供た ちに継承する農業なのだろうか?」という問いかけを読み、目を覚ましたような感覚を覚え た。今までの授業では、農業人口の減少に伴い、農業の人手不足などが生じ、解消するには 機械や AI を投入するべきであるというような意見を多数聞いていたため、農業のスマート 化は絶対的であると感じていたが、同時に今までの先人が引き継いできた伝統的な農業の やり方は失われることにもなるのではないかと考えられる。私たちが子供のころから見て きた田植えの風景などが失われてしまうのはどこか寂しいものがあると思う。農場が工場 と化するという光景ははなんとも想像し難いと感じた。
    しかし、スマート化によるメリットは大きい。少子高齢化の進む日本ではスマート化によ る労働力不足問題の解消や農作業の効率化は魅力的である。実際に農作業に携わったこと があるが、20 代である私でもかなりの重労働であると感じた。初期費用こそは大きいが機 械があるとないとでは作業効率が天と地の差がある。また、AI や IoT によって市場のニー ズをより早くつかむこともでき、経営戦略的にも重要であると考える。
    どちらか一方を取るとどちらか一方は失われてしまうという問題は数えきれないほど存 在する。スマート農業化によって得られるものは事実である。しかし、実際に農業に関わる 人達がどのように思っているのかは大切にしていきたいと感じた。


    2,「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」
    「までい工法」は汚染土の上から綺麗な土を上に被せるだけという簡単な方法であり、廃 土を出さなくても済むという画期的な方法であるが、結局汚染された土はその場に残って いることになるため、農業に影響が出ないか少し心配であると思った。埋めても元の土に付 いたまま一切動かないため、地表や地下に浸透することなく自然に無くなるのを待つという理解で合っているのか?(回答:はい、合っています。) また、土をかぶせるだけという単純な作業で膨大な廃土を生み 出さなくてよいというあまりにも効率の良い方法であるため、地元の人々の中でも本当に大丈夫であるのかと不安に思った人は少なからずいると思う。その際にどのように説明し 納得させたのかということも気になった。
     最初は村役場の方々となかなか通じ合えなく大変であったが、その後も根気よく通い続けたことで少しずつ受け入れられてきた経緯を読み、似たようなことをほかの教授からもきいたことがあったため、現地の方々の信頼を得ることはどの活動においても大切であると改めて感じた。また、何か新しい取り組みを行う際に現地の人々の不安を全て説明して解 消してからではないと行えないため、難しい部分が多く、科学的には良い事でも一筋縄では いかないのだなと思った。理論だけを並べても実際に作業する過程を考慮出来ていないと 物事は上手くいかないのだなと感じた。そのためにも知識を積み重ねるだけでなく、現場で の経験をすることも大切であると感じた。



  8. 講義資料@『現場からの農村学教室』


     スマート農業は誰のための技術なのか、という問題。現在の国内の農業は、農業従事者の高齢化や減少、重労働(3K)といった労働環境や新規参入の難しさなど問題を挙げ始めたら枚挙にいとまがない。記事中でも書かれているが、そうした問題の解決策として農業のスマート化が進められている。しかし、衰退の先頭に立っている地方中山間地域など条件不利地域では、通信インフラが整備されていないことや農業機会を導入しても採算性に合わないといった問題を抱えており、スマート技術の発展と現状課題を結びつけるにはまだまだ多くの障壁が存在するように伺える。
     これも記事中に書かれているが、スマート農業が普及しきった農業とは、工業でしかなく、むしろ人的労働力の存在は不必要とされるようになる。そうすると、ただでさえ住民が減りつつある中山間地域ではますます人が不要となり、「人間よりも野生動物が多い」どころか「人間よりも機械の方が多い」地域になりかねない。
     問題は地域の持続性だけではなく、経済的な観点からも、たとえ国産の農業機械を普及したとしても、その原料の大半は諸外国からの輸入品によって構成される。前述のスマート化のコストを賄えるのかという問題を踏まえて、機械化が進めば進むほど外貨の獲得に注力する必要が生じる。
     国内中小規模の農業者を対象にしたスマート化をどのように進めるかが課題。他の市場原理に従えば、自発的に効率化を行わないもしくは行えない事業者は淘汰されていくように思えますが、農業は国内の食料インフラや地域の雇用としても機能しているため、他の商品のように扱えないのか疑問が残ります。
     スマート農業(精密農業)の理想的な展開としては、まず国内における普及を進め、次点で国外市場を対象にした農業機器の販売を行う。主要な農業国では大規模単一農業が多く、日本型というべきか中小規模多品目農業需要が国外にあるのか、またどの程度存在するのかは分かりませんが、国内の農業技術を強化するとともに輸出産業としても確立できれば理想でしょうか。個人的には人口増加に伴い水・土地不足を背景に、水資源の省力化をテーマにした農業(水耕栽培やアクアポニックス)などの開発を進め、資源不足に陥る諸外国を対象に普及するのが望ましいのかと考えています。ちなみにアクアポニックスのセンシング・遠隔管理を目標に現在、理工学部の学生と共同で開発しています。


    講義資料A『農業農村開発の技術を考える』
     技術と工学の差異について。記事中より、技術は自然に人為を加えて人間の生活に役立てるための手段であり、工学は科学知識を応用して、大規模に物品を生産するための方法(システム)を研究する学問とある。したがって、農村農業の開発技術は当事者にとって役に立つモノである必要があり、そして当事者とは他ならない農業者である。
     つまり技術は既存の産業や人、文化、はたまた問題を解消するために存在する。農学や理工学分野に限らず、大学で技術を学び社会へ還元する際は、自身が取り組んでいる技術が「誰のためのものであるのか」客観的に鑑みる必要がある。人間である以上仕方がない部分もあるが「他者のため」と言っても、どこか自己満足的であり、独りよがりな側面が存在する。
     そうした問題の原因として、大学における学部間の分断が生じているのではないかと感じます。必ずしもそうというわけではありませんが、技術を学ぶのはいわゆる理系に該当する農学部や理工学部、対して社会を学び、考えるのは社会学部となっている。しかし、技術を社会に還元するにはどちらの視座も必要であり、どちらか一方のみで行えるものではない。
     何より、問題だと感じるのは学生自身にそうした価値観が根付いており、「文系だから技術とは関係がない」逆に、「理系だから社会学には関わりがない」といったスタンスが見受けられる。また他分野間におけるチームワーク(ビジネス・エコシステム的な)でもそうした価値観は弊害となる。他分野に対する理解やリスペクトがないと、他分野の技術を軽視してしまうことがある。例えば3Dプリントによる造形は、誰でも簡単にプロトタイプをつくることができるといったイメージが存在するが、実際はCADによる長時間の造形と、複数回におよぶ印刷自体の試行錯誤の果てに完成する。しかし、そうした知識や苦労を知らないと、あたかも簡単なように見えてしまう。
     学問上、物事を分類する必要はありますが、だからといって他分野に関心を向けないのは間違いだと思います。総合大学においては、他学部の入門的な講義に参加するのが望ましいのではないかと思います。



  9. 聞いてみよう!あなたの知らない土の世界を読んで


    東日本大震災の福島第一原発事故で、「科学技術は信じられない」という風潮ができてしまったことで、土やセシウムと粘土鉱物の関係についてよく知っている専門家の意見や理論がマスコミで取り上げられなかったのは、とても残念なことだと思った。もし専門家の意見が話題に取り上げられていたら、混乱を軽減させられたと思う。私は、マスコミは世論や印象を操作することができると考える。特に災害時やコロナの蔓延で人々が混乱しているとき、更なる混乱を招いているように感じる。マスコミも会社なので、利益を得るためには面白い記事を書かないといけないのは分かるが、間違ったことを事実であるかのように記事にして世の中に出すのは良くないと思った。SPEEDIというシュミレーションする道具もあったそうだが、得られた情報は公表されず、科学技術は誰のためのものなのかと思わせてしまったと記述がある。政治にはいろんな方面から力が働いているし、この情報も出さないほうが都合が良かったのかもしれないが、そこに住む人の生活を考えたら早急に情報開示すべきだったと思う。こういうことがあると政府に不信感が募る。先生たちと地元の皆さんで作った除染法では、セシウムがほとんど白米に入らないことが分かったのに、国から認められていないからという理由で収穫したコメを捨てていたなんてもったいないと思った。国はスピード感もなくて残念だなと思った。法律を決めたりできるのは行政しかないので、有事の際にはもっと早く柔軟に対応してほしいものだ。

    農業農村工学分野のICT活用を始めるヒントを読んで


    自分の働き方や研究の仕方を改革すればよいという考え方には賛成である。大学では調べ方、研究の仕方を学ぶべきだという主張が伝わってきた。先生の言う通り、座学では印象に残らないしあまり分かった気がしないので、大学の授業でもっと現場に見学に行く機会があったらいいのにと思った。優秀な人材には長く会社に残ってもらいたいという企業が多いと思うが、個人的には新しいことに挑戦しない会社にはいたくない。年配者には、新しいことに挑戦する若者を応援してほしいと思った。
    単純作業を減らすことで作業の効率化を図れる。私は単純な作業なら、一回学びのために経験したら、そのあとは人間がやる必要はないと考えている。機械や装置を使って効率化できたら、農業の高齢化や担い手不足問題を解決できるのではないかと思う。
    基礎の勉強が大切なのはその通りだ。一番高校生の時に勉強を頑張っていたと思う。大学では試験は過去問があれば単位がもらえるので、みんなそんなに頑張っていない。線形代数、微分、テーラー展開、最小二乗法など教わったけれど、恥ずかしながら、どうやるのか忘れてしまった。何のために大学に入ったのか、今までの大学生活は思い描いていた大学生活とかけ離れてはいないか自分に問いかけてしまった。もう三年後期だが、あと一年ちょっとあるので毎日後悔のない日々にしていきたいと思った。プログラミング言語は使う機会が無いと勉強を始めるのにはハードルが高そうだと思うこともあるが、今様々なところで無料のプログラミング講座をやっていて、教えてもらえる機会が増えているのは学生にとってありがたいことだ。
    何もなくても何とかする野性的な勘を磨くというのは、結構難しそうだと思った。先生はどうやって野性的な勘を磨いたのか知りたい。(回答:常に新しいことにチャレンジして失敗して、その失敗を糧にする。それを繰り返すことですね。失敗の経験が多ければ多いほど、過去の経験からこれは失敗しそうだな、と勘が働くようになります。) 
    情報インフラを整備することのメリットはたくさんあるので、各個人が理解して情報を使えるようになったら農業だけでなく農村の生活も多少は楽になりそうだと思った。



  10. 土と放射能 1


    ・東日本大震災が起こった当時、私自身は東北にいたため情報収集手段が非常に限られており、福島の原発事故による影響についての情報も十分に集めることができませんでした。溝口先生は震災が起こってからどのように情報を集め、福島の状況を把握したのでしょうか。(回答:これを読んでみてください。) また、震災後当時は被災地では情報が限られていて福島の放射線についての噂が広まっていましたが、被災地以外の地域ではそういった噂の真偽を正確に判断できていたのか気になります。


    ・講義中にも話にありましたが、有志の村民の方々やボランティアの方々が危険を覚悟しながら福島の放射線で汚染された地域で調査等を行っていたとありましたが、そういった方々の力もあって飯館村の今があると思います。実地調査では、実際に現地の方々の声を聴くことができた他に、そういった一般の方々とともに行うことで気付けたことなどはあるのでしょうか。(回答:はい、その連続でした。むしろ狭い学者の世界よりも学びは多かったように思います。) また、一般の方々とともに調査を行う上で、困難だったことや大変だったことはあったのでしょうか。(回答:いきなり専門用語を使えないので、その概念などをわかりやすく伝える必要があったことですかね) 


    ・原子力発電所の事故により、避難地域になった飯館村では村民が大幅に減ってしまい、村に戻りたいと思っている人も三分の一ほどであるとありました。このように、汚染による問題が解決したとしても以前と同じ飯館村に戻ることは非常に難しく、実現まで長い時間が必要なことであると感じます。その中で、記事の中にある、特産品開発を開発し販売することは、地域の活性化に貢献する非常に素晴らしいアイデアだと感じます。飯舘村の農地再生と地域復興になるほか、震災後飯館村を離れ他の地域で生活している人は、飯館村で生産された特産品を購入することで、地元に戻ることは出来なくとも応援をすることができます。また、飯館村で生産された特産品が好評であると、飯館村の放射線汚染についての偏見を無くすこと、飯館村について知ってもらうことにつながると感じました。こういった特産品を開発する中で困難だったことなどはあったのでしょうか。(回答:数値では説明しきれない感覚的な”安心”をどう得たらよいのか。特産品を生み出す過程などの物語を付加価値として提供するように工夫しています。例えば、「不死鳥の如く」など。) 


    ・震災以降、福島の原子力発電所の事故により、福島の農作物は汚染されているなどの誤った認識が人々の中にありました。現在は当時ほどそういったことは少なくなりましたが、それでも未だに福島で生産されたものに対して不安を抱く人も少なくないのが現状です。これは、多くの人が放射線に対して正しい知識を持たず、「よくわからない、目に見えない怖いもの」という漠然とした認識であることがおもな原因であると思います。その中で、溝口先生が行われてきた地域の子どもたちへの教育は、放射線への理解を深め、放射線への曖昧な認識・福島への偏見をなくすことにもつながる非常に重要な活動であると感じました。しかし、現に残っている福島の偏見を解消するには大人への情報発信も重要です。大人に対して放射能に関する正しい知識を発信するためには、どのような方法で譲歩発信するのが良いでしょうか。(回答:子どもと一緒に学んでもらうような工夫をしました。) 



    農村情報インフラ3


    ・私が物心ついた頃にはすでにインターネットが普及しており、当たり前に身の回りに存在するものという感覚があるので、辞書の例のようなインターネットがあまり普及していない時代の不便さや苦労というものを想像したことは今までありませんでした。そういったことで、インターネットの発展を経験してきた世代の方々と、生まれながらにインターネットとともに過ごしてきた世代の間で、インターネット技術に対する認識の違いというものが存在すると思います。溝口先生は、インターネットの発展、普及を経験したことで役に立ったことや、また生まれながらにインターネットが普及していた世代とのギャップというものを感じたようなことはありますか。(回答:デジタルネイティブとのギャップはあまり感じていません。むしろ一緒に遊べる、あるいは教えてもらえるのが楽しい。) 


    ・農業にAI、IoTやICT技術を応用したスマート農業化は、農業の可能性を広げることにつながると思います。ICT技術を農業に応用することで、農作業の大幅な自動化・省力化がなされ、人手不足の問題の解決や生産性の向上等が望まれます。また、このことで農業の「つらい肉体労働」という良くないイメージを払拭することにつながれば、農業を志す人も増加することにもつながります。スマート農業化が進むことで、農業を取り巻く環境はどのように変化していくと考えられるのか気になります。また、現在開発されているロボット、ICT技術として自動除草ロボットや衛星・ドローン等のリモートセンシングを利用した作物の管理等が主ですが、スマート農業化が進むことで、生産から収穫まで、完全に自動化されたSF映画のような農業というのは実現可能なのでしょうか。(回答:価値を判断するのは人間ですから完全自動化にはならないと思います。) 


    ・後半で触れられていたように、農村地域の通信インフラを拡充することは、農業にインターネット技術を応用することを可能にするだけでなく、農村地域の活性化につながるものだと感じます。農村計画の講義では、実際にコロナウイルスが蔓延して以降リモートワークが普及したこともあって、農村地域への移住を考える人が以前に比べ大幅に増えたと聞きました。システムエンジニアやIT会社のみならず、ほかの職種にも農村地域で働くという選択肢がある今、まさに「田舎にこそ高速通信環境を」という言葉の重要性は高まっています。都市圏への人口集中の解消とまでは行きませんが、農村地域の人口増加、地域活性化といったように、農村地域への高速通インフラ導入は農業に関することだけでなく、地域デザインにも通ずることであると感じました。このようなことのほかに、高速通信インフラを農村地域に導入することで得られる恩恵や、高速通信インフラを導入することで発生すると考えられる問題はあるのでしょうか。(回答:いまは誰も気づかない恩恵も問題もいろいろあるでしょうね。でもその時々で修正・解決していけば良いのだと思います。) 




  11. 1.「飯舘村に通い続けて約8年 土壌物理学者による地域復興と農業再生」を読んで


       福島第一原子力発電所の事故が発生してから、放射線セシウムの汚染による農地汚染が大きな問題であったことは、当時小学5年生だった私の記憶にも鮮明に焼き付いていた。農地が汚染されていない地域のものでも、福島のものだからという理由で差別を受けてしまう風評被害も深刻なものだったと記憶している。これは一般の消費者が放射線セシウムの特徴や除染についての知識を持っていなかったことや、世の中に出回っていた情報の科学的根拠が不十分であったため、できるだけ他人事にしたいという意識が少なからずあったからではないかと思う。
       私がこの資料を読んで最も印象に残ったことは、現場主義を大切にされているということである。汚染された農地の除染作業は未知の領域であり、国のやり方では根本的な解決が見込めない中、再生会のメンバーの方々は、各地の放射線量の測定をずっとボランティアで行い、現場のデータを長期的にとり、実験が終わった後も様子を見続けていたということで、専門家としてのあるべき姿を学んだ。一般論でも理想論でもなく、その場所の実際のデータに基づいて、その場に関わっている人の声に耳を傾け、ともに解決に向かっていくということはなかなか難しいとは思うが、何よりも大切なことであると思った。特に、素人は土壌物理学のことは何も分からないわけであるが、その人たちがそこで生活を営んでいくことに変わりはないため、正しい知識や情報を正確にわかりやすく伝えることが必要であると学んだ。
    また、外部から村などに入る上で大切にするべきことは、時間がかかったとしても現地の人たちとの信頼関係を築くことであると感じた。私は将来公務員になりたいと考えているが、より多くの市民、県民、国民の声を聴くことができる人になりたいと思った。



    2.「スマート農業の死角」を読んで


       私はこの資料から、スマート農業の死角とは農村地域の通信インフラ整備が追い付いていないことであると読み取った。そもそも、農業には担い手不足や農業従事者の高齢化、耕作放棄地などの問題があるが、スマート化をすることによって農業が抱えているすべての問題が解決されるわけではないと思った。なぜなら、日本の農地は小さく、分散しているため、アメリカやオーストラリアのように広大な土地がある国には機械化を実現できたとしても生産量やコスト面において敵わないと考えるからである。
       また、私は記事の「無人の農村の大規模農場で農業ロボットが作業する光景しか浮かばない。それは、農場ではなく工場である」という部分にとても感銘を受けた。スマート農業という言葉の響きに騙されてはいけないと思った。そのため、どうして農業をやりたいという人が減っているのか、農業が儲かる方法はないのか、まず第一にそういったことを考えることが重要であると思った。その結果としてスマート農業にたどりつくのかもしれないが、私はロボットが日本の田園風景や自然豊かな国土を創り出せるのかという点においては疑問である。
       さらに、植生や土の種類など自然条件が異なる中で、農業のスマート化といった同じ方法で解決しようとするのではなく、まずは現地を知ること、農家さんの声を聴くこと、消費者のニーズを知ることなどが重要であると思った。山がちで平地の少ない日本の国土では困難なことの方が多いと思うが、その土地を知るためには、地域の特性にあった通信インフラを整備し、人間の手が届かない・まわらない場所などのデータを集めることやリアルタイム通信を行うことができる環境づくりをしていくべきである。そうすることによって、ただ食料を生産するためだけの工場ではなく、人間味のある農村づくりにもつながると思った。



  12. 1.土壌物理学者が仕掛ける農業復興、農民による農民のための農地除染 行間を読んで
    今回のこの記事を読んで、土は農家の方々にとってとても大事なものであり、いくらセ シウムという放射線によって汚れてしまったものであっても、「廃棄物」という言葉で片 付けてはいけないものだということがわかりました。セシウムを含む土であっても、自分 たちが大切に育ててきた土をどこにも持って行ってほしくないということも窺えました。 この農家の方々の気持ちを大事にしつつ、この土だからこそできることを沢山模索して、 その地ならではのものを作り地域おこしをしていこうという姿勢から、その地域の土も人 の守ろうとしていることが読み取れました。
    考えたこと
    セシウムという放射線を含む土は、普段土を扱っていない一般の人たちからするとただ の脅威を感じるものなのかもしれません。しかし、農家の方々など土と普段から接してい る人たちは、セシウムを含む土は病気になってしまった我が子のようなものなのだと思い ます。同じ物質の「土」でも人によって捉え方が違うという事実に、一体どのようにして 多くの人を納得させられるようなこれからの「飯館村の土」を考えていくことをするのは 簡単にはできないことだと考えました。しかし、多くの人が納得できるかよりも、「飯館
    村の土」を問題のあるもので片付けようとするのではなく、今は問題があると捉える人が 多くても、いつか飯館村の人たちで震災を乗り越えて立ち上がって進みだせるように考え てくれる研究者の方などが存在することの方が重要なのだと考えました。
    質問したいこと
    ・セシウムを含む土を削りとってしまったら農家の方がもともと所持していた土の量が少 なくなってしまったり、せっかく今までいい作物と作る為に作った良い土を再び用意する のに時間と費用がかかってしまったりすると思います。「表土削り取り」の後の農家の 方々に対する支援は何か行っているのか気になりました。
    2.飯館村に通い続けて約 8 年、土壌物理学者による地域復興と農業再生 行間をよんで
    今回の記事では、震災で汚染された地の土と向き合う溝口さんの 8 年間が描かれたお り、授業でも取り扱われていた IoT の利用のことも描かれていました。ここでは、飯館村 の消滅を食い止めるためにいろいろな取組みが行われていることがわかりました。この記
    事を読んで、汚染された、もうこの村はだめだと諦めないであれこれ試してどうにか良い 方向へ持って行こうとする情熱と、良い方向へ向かっていく為に立てた目標を達成するた めの思考錯誤を行い続けていく努力が大切ということが読み取れました。そして、そのた めに現場へ行き、その地の方々と話をしたり現場の状況を自分の目で確認したりすること も重要であり、機動的に活動することも重要だとわかりました。
    考えたこと
    土の除染作業を詳しく知らない人からすれば、「までい工法」の方法はまだ地下にセシ ウムを含む土が眠っているということなので、恐ろしいことなのではないかと思います。 その恐ろしいと思ってしまうことの一つに、セシウムなど放射線物質が目に見えないもの であるということが挙げられると思います。目に見えないが危険であるというものは一体 どこにあるかわからないし、どのような害を人に与えるのかを詳しく知らない人は沢山い ると思います。そういった人たちがこの工法に対してであったり、セシウムについてだっ たりの知識をもたないことには、この話は進みにくいと考えました。多くの人が、まずは この話題に興味を持ってもらうことが重要だと考えます。そして、興味を持ってくれる人 がいたら、この分野、学問に対してより発展的な意見や策が多く生まれるのではないかと 考えました。
    また、震災当時に比べて、放射線に対しての意識は薄れてきていて、それをただの恐ろ しいものとして捉えるだけで終わってしまい、深く探ろうとする人が少なくなってくると 思ってしまいます。そんな中でも、この分野や学問を学びたいと思う人がいたら、そうい った人たちを育てて行くことも重要だと考えました。
    質問したいこと
    ・「までい工法」で綺麗な土を持ってくるのやその土を提供してくれる方に出会うまでが 大変だと思います。簡単に行えると書かれていたのですが、大変な部分もあると思いま す。何か現地の方たちにサポートは行っていますか。
    ・震災で多くの人には汚染された町という印象が飯館村には強いと思います。その印象を 変えるようなことをしないといけないと感じましたが、その印象は溝口さんが今まで関わ ってきた人たちのあいだでは変化へと動き出しそうですか。また、すでに動いています か。



  13. 土壌物理学者が仕掛ける農業復興-農民による農民のための農地除染


    私はこの講義資料を読んで、最初に感じたことは、除染を担当している行政の方 は、農家さんや専門家ともっと関係を深く持つべきではないかと考えました。 一番無難な方法で除染を進めることは決して悪いことではないと思います。しか し、この方法では、無駄になる部分が多くなる場合が多いのではないかと考えます。 また、資料に書かれていたように、現地に住んでいた農家さんや住民の意見を聞か ず、土を単なる廃棄物として処理する、のような反感を買ってしまうことをしてし まうと、せっかく除染を終えても、農家さんたちは、自分たちが大切にしていた土 がなってしまった土地には帰らないかもしれません。すると、行政は何のために除 染を行ったのか分からなくなります。さらにこのような行為は、行政が市民の意見 に基づいて働く機関だということと矛盾しています。
    市民の意見に基づいて働く上で、農家さんと行政の意見や価値観が違うことは立 場が違うので仕方がないと思います。行政と農家さんではどうしても立場上、行政 の方が上に立っています。だからこそ、行政が農家さんに歩み寄らなければならな いと考えています。この立場をできるだけ小さくして、農家さんの価値観を理解す ることで、より良い解決策が得られ、信頼関係を築けるのではないかと考えます。
    また、専門家には行政が持っていない知識や実験データ、経験があります。専門 家に正しい知識を活用することで、今回の資料の場合は、土を廃棄物として廃棄場 所をどうするか考える必要はなくなり、農家さんの意見を尊重することができ、コ ストをかけずに目的の除染を行うことができます。
    今回の資料の除染に限られたことではありませんが、一つの事業を行う上で、そ の事業に携わる人同士のコミュニケーションは大切だと考えます。コミュニケーシ ョンを大切にすることで、様々な知識や意見を吸収することができ、より効率的に 事業を進めることができるのだと私は思いました。


    スマート農業の死角


    私は元々スマート農業に興味があるわけではなく、ただ農学について学びたいと 思い、農学部に進学しました。しかし、私が今在籍している学科ではスマート農業
    について触れられる機会が何回かあり、そのたびに農業においての情報の大切さに ついて考えさせられてきました。そして、昨年に、5G が話題になり、北海道での初 めて 5G のサービス地として、サロベツ村が選ばれ、スマート農業に活用される予 定だというニュースを見て、これからのスマート農業について興味を持つようにな りました。なので、今回のこの資料でも考えさせられました。
    たしかに、日本の大規模農業は日本の農業を支える上で大切であり、大規模農業 を優先することで利益は出やすいと考えられがちです。しかし、日本の国土面積は 大規模農業が主流となっているアメリカに比べると遙かに小さく、大規模農業の数 は限られています。さらに、日本は幸運なことに自然環境に恵まれており、その恵 まれた自然環境によって強くなった農作物や、手を入れて育てられた畜産物など、
    多種多様な農業があります。大規模農業にばかり目を向けて、この受け継がれてき た農業を失うことは“大きな損”だと考えます。事実、日本では、小規模農家の農作 物は質が高くブランド化されている物も多く、海外でも有名な、日本を代表する農 作物になっているものも多くあります。大規模農業ばかりを促進し、現在の利益重 視の農業ばかり求め続けていると、小規模農家は簡単に失われてしまいます。その ためにも、小規模農業にも注目し、手を入れていくべきだと考えました。
    このような考えの基、農業の通信基盤についても、小規模農家での通信基盤整備 を整えることが大切になってくるのだと分かりました。小規模農家を対象とすると、 各地域での必要をされている条件や設備が異なってきます。このような整備が現在 どのくらい普及しているか分かりませんが、これからの将来広く普及されていき、 日本各地で農業がもっと活発になれば良いと思いました。
    資料で書かれていたように、私も小規模の農家にも高性能な通信インフラを整備 し、利用可能にすることでそれぞれの農家ごとに、(先人が多種多様な環境で様々な 農業技術や農村文化を育んできたように)多種多様な農業は新たな進化を遂げられ ると思います。


  14. 講義資料1 福島原発事故被災地に通い始めて8年半
    講義資料2 土壌物理学者が仕掛ける農業復興


    福島県飯館村の原発ゴミの処理、地域振興についての溝口先生の活動を資料で読んでみて、行動することの必要性を痛感させられました。被災地の方々のために何かしたいと思うことは誰にでもできることだと思いますが、そこで自ら行動するのか、思うだけにとどまるのかが大きな分かれ目になるように感じました。そして被災地の支援や地域振興などの活動は短期間で結果を求めることはできず、長い期間を経ることで成果が得られるのだと思いました。地域住民の方々からすれば外部の人間が突然きて、「こうするべきだ」「ああするべきだ」と言われても、信用できないというのが正直な気持ちだと思います。外部の人間からすれば何でもないものだとしても、地域で生まれ育ち共に過ごしてきた地域の方々からしたらかけがえのないものが多くあると思います。だからこそ地域住民との対話や交流を深めて、その地域のことを知り、自分たちのことも知ってもらった上で話を進めていくのが大切だと感じました。この際に現場に実際に訪れることはとても大切なことのように感じました。現場に行くことでその地域の状態を実際に体感でき、遠くからでは見えてこない本質的な部分が見えてくると思います。さらに、現場訪問は地域の人々に誠意を示すことにもなると思います。そして、忘れてはいけないのが支援活動や地域振興の主体は国や外部の人間ではなく地域の方々だということです。地域の人々の意見を尊重し、自分たちがやりたいようにやるのが最終的には必要だと感じました。また、これら一連の行動は支援や地域振興のみならず様々なことに言えると思いました。例えばスポーツにおいて指導者と選手は、長い期間の練習を通して、数々の対話を通して信頼関係を築き上げ強いチームを作るものであります。つまり、どんな取り組みにおいても必要不可欠なものであると言い切れるのではないかと感じました。戦後日本の経済成長下では結果や利益を優先する考えが先行し、地域の方々との関係などは疎かにされていたのが正直なところであると考えられます。そして、その考えが現代でも残り続けているのではないかと感じました。これからは結果や利益のこともしっかり考えつつも、その結果に至るまでどのような過程を重ねていったのか、活動を行った集団の雰囲気やお互いの関係にどれだけ進展があったのかが重要視されるべきだと感じました。
    私はこれまで「あれをやろうかな」「これをやろうかな」と思っても、何か理由をつけてやめてしまうことが多かったですが、挑戦することを恐れずに迷ったらまず行動してみようと思いました。また、自分が興味のあることを大切にしてこれからも勉学に励んでいきたいと思いました。さらに、地域支援や地域振興を行う側がどのような想いで活動を進めていくべきか理解できました。これから自分の行動がどう変わるのかとても楽しみに感じます。




  15. 今回自分が取り上げる2つの講義資料は農村情報インフラの「1.農業農村開発の技術を考える」と、「4.情報通信インフラ整備で開花する新しい農業農村の多面的機能」である。
     1つめの講義資料では農業農村開発の技術、という用語を定義し溝口教授の経験を通じて農業農村に技術を導入・普及させるときの心構えのようなものについて書かれているが、個人的には人類の文明を発展させてきた経済が科学技術の発展や工業化、情報化を経て極めて高度に発達したことによって娯楽やサービスの種類が多岐にわたるようになってきたことが、人間が生きていくために必要不可欠な産業であるはずの農業の人々に与える魅力を相対的に減少させてきたのではないかと考えている。そういった考えで見ると講義資料内で述べられている司馬遼太郎による文明と文化の言葉の定義から、文明の産物として成立・発展してきた都市とまだ文化的な側面が強い農村という構図で捉えると農業農村に開発技術を持ち込む際の課題はある種文明による産物を文化と融合させる際の課題そのものにつながってくることなのではないかと思った。また、昨年のレポート課題の資料を見ていてドローンやスマホの機能を活用して作物の状況を管理したり、田舎にIoT設備の整備を促進することが農業農村地域における情報利活用の未来図として挙げられていたが、これらの機能を実際に活用した先にある未来として農業は効率化が進み発展する可能性が高いが、遠隔から作物の栽培管理が行えるようになれば元々農村で生活していた農業従事者は普段の生活利便性が高い都市に住みながら農業を行うようになる可能性が考えられ、そうなると農村自体は発展するどころかさらに農村からの人口流出を加速させていくのではないかと自分は考える。実際に高速道路や新幹線などの高速交通網が整備されたことによって沿線から都市部への人口流出が拡大した事を考えるとこの考えは想像に難くないものであると思われる。
     上記から、農業農村という言葉そのものも現在は農村という場所で農業が行われているから繋げて表されることがあるだけで、情報活用技術が農業に組み込まれていけば確実に農業と農村は分断されていくだろうと考えられる。それは経済によって発展してきた文明から齎された技術によって農業が高度に発達していく上で避けては通れないことなのかもしれないと自分は考える。しかし農村そのものは溝口教授が述べている幼少期の話で農作業の節目に宴会や祭りがあって集落で組織された青年団などのグループがあった、など文化的な側面が強くあり、機械化や大規模化が進展してきている現代でも里山の生態系に与える機能や棚田や段々畑といった景観的な機能、すなわち経済的な機能ではなく環境の保全や人間が本質的に備え持っている芸術的なセンス、心情に訴えるような点が評価されてきているように感じる。
    この点を考えると2つ目の講義資料で述べられている「儲からないと思われる田舎に高速通信インフラが導入されれば、都会の常識では思いもつかぬ農業農村の多面的機能が発見される可能性がある」の『多面的機能』は農業の経済的な発展には寄与するが農村の発展には直接的には寄与しないだろう。
     よってこれからは農業農村が同時に発展するという考え方ではなく、情報通信技術が農業という産業に与える影響と、農村という文化的集合体に与える影響を個別に考慮しながらその維持、発展の方法を探っていく必要があると考えた。
     最後に2つ目に挙げた講義資料を読んでの感想として、日本は農業農村の情報インフラの重要性を理解していなかったり、縦割り行政の影響で管轄がちぐはぐになっていたりなど経済成長を達成させたと思われる部分が現代になってどんどん弊害となって、時代の変化に対応できないあるいは対応の遅さを露呈させているように見えた。近年は少子高齢化や長引く不況を受けて経済よりも文化的な側面を重視するような人々が増えているように個人的には感じるので、情報インフラの整備がどれだけ農業農村に影響を与えるのか実際に見てみたいとも思った。(回答:はい、しっかりとウオッチして、そしてより良い方向に修正する人になってください。) 



  16. 福島県飯館村の除染に尽力 ―スマート農業で再生へ


    スマート農業とは情報化社会らしい利便性と効率性を追求した農業方法であり、普及すれば実際に高齢化の進んだ農業を救うこともできるが、この資料を読んだうえで改めてスマート農業について考えると、東日本大震災によって引き起こされた原発事故の影響を被った農地の環境修復の一端を担うような働きもあるという一面も知ることができた。また、「までい工法」を行う上で、住民たちの汚染された土が地下に埋まっているという感覚や地下水に影響するのではないかというネガティブな考えを持つのは当然のことであるため、もともと協力的だった人以外に、後から協力的になった人などもいると思うが、何がきっかけで協力したいと考えるようになったのか、そうした人たちの心情の変化も知りたいと思った。また、ただ研究室にこもって研究しているだけでなく、実際にフィールドに赴き実地研究することが大切だというのはまさにその通りだと思って、特に農業というのは現場に出ないとわからないことしかない学問だと考えている。さらにこの資料の福島県飯館村での研究は、住民からの聞き取り調査や土壌の汚染状況など重要な事項はすべて現場にあるため、いかにフィールドでの調査が大切な事案かということもこの資料を通して再確認することができた。今後も災害による大規模な農家への被害なども必ず将来的に起きることが予想されるため、災害を防ぐことはできなくても、農地の再生などは可能なため、スマート農業は利便性や効率性のみならず、災害の事後処理などにも生かせることが証明できれば、よりスマート農業の需要が高まると考えた。

    スマート農業の死角


    この資料を読んで、スマート農業が便利だと一般的に言われる中で実際に農家の立場からして、万能であるかといわれるとそうではない一面もあると考えた。自分はこの資料を読むまでは、便利で広大な農地を高齢者や少ない人数で経営していくには有効な手段だというイメージだけをスマート農業に対して持っていたが、冷静に考えると農地にはインターネットや電波が届かないような空間にある場所も少なくはなかったり、スマート農業を行えるだけの費用がなかったりなど金銭面や環境面などの配慮も必要だと理解した。そのため、まずは農村地域にも通信環境を整えなければスマート農業は始めることができないため、そうした大前提の計画も行わなければならないと考える。また、講義資料にもあるように、日本自体それほど大きい国ではなく、北海道など農業が盛んでかつ、広大な土地であるならスマート農業がその真価を発揮し、アメリカなどの何倍もの大きさの農業大国と比較したとき、どれだけ作物を生産しても太刀打ちできないので土地の利用面においてもスマート農業の利用について深く考えていかなければならないように感じた。また、スマート農業のみに頼りすぎてしまうのも今後問題になると考えた。効率的かつ融通の利いた管理が行えるスマート農業に依存しすぎると日本の伝統的な農業が失われる可能性も出てくるのではと危惧している。もちろんスマート農業を否定しているわけでは決してないが、農学部の一人として、スマート農業とこれまでの農業の在り方をどう両立していくのかも課題の一つなのではないかと改めて感じさせられた。




  17. 1.福島原発事故被災地に通い始めて 8 年半


    この記事を読んで、改めて現場に出ることがとても重要だと分かった。サークルで、盛 岡市の猪去地区というところでクマの被害対策に関わらせていただいている。今現在の被 害対策が行われるまでに、農家の方々と、行政、大学の研究者でいくつかの衝突があった とも聞く。お互い信頼関係を置けるまでに、盛岡市の職員が沢山現場に出て農家さんの信 頼を得たことや、学生が被害対策活動に参加することで、農家さんが被害対策へのやる気 を出してくれたなどの地道な活動があった。サークルの活動で、自分も農家の方々と話し てみて初めて分かったことも多かったため、地域の問題解決のためには政策だけでなく現 場に出ることがとても重要だと分かっているつもりだった。
    しかし、この記事で放射線除染についての過程を知って、自分の考えはまだまだ甘かっ たなと思った。私が被害対策活動に参加したのは、農家さんと行政、大学がお互いに信頼 関係を得てもう10年ほど経っていた時だったため、いくら被害対策活動の成り立ちや大 変だったことを聞いていたといえ、実際に始まるまでの苦労は経験していない。一番大変 なのは実際に始められるようになるまでの信頼を得るための時期なのに、それを体験しな いで、現場に出て、信頼を得られるようにすることが大事だと簡単に考えるのは浅はかだ ったなと思った。
    記事内でもあったように、国が決めた除染案とやり方が違う除染案を提示したため、飯 館村の除染課と衝突してしまったなど、何か提案するときには困難が付き物だと分かっ た。また、研究で実用的な成果を出しても、それを実際に農家の方々がやってくれるとは 言い切れないことも分かった。サークル活動では、被害対策に農家の方々だけでなく行政 や学生も参加して、農家さんだけの負担にならないようにしている。3 者一体となって、 被害対策活動はうまくいっているが、ほかの地域や問題では、同じようにうまくいくとは 限らないし、どれだけ農家さんに納得していただけるかが重要だと思った。
    私は将来公務員になりたいと思っている。もし希望通りの進路に行った場合、地域の 方々との信頼関係を結ぶことはもちろん、その地域が今後どうなるか、政策は持続してい けるかを考えながら仕事をできたらいいなと思う。加えて、次世代の子供たちに政策の必 要性や、自然の価値を教えていく仕事も出来たらいいなと思った。私が農業土木の進路に 進もうとした理由は幼少期の体験がかなり関わっているし、まったく違う進路に進んでも 地元の政策を知ってもらうことは、地方創生においてとても重要だと思う。将来、学んだ ことを活かせるような仕事をしたい。


    2.土壌物理学者が仕掛ける農業復興―農民による農民のための農地除染


    初めに読んだ記事と内容は似ているが、この記事はより農家さんの心情に寄り添った内 容だった。国が行っていた表土削り取りは、農家さんたちにとっては自分たちの大事な土 を廃棄物にされてしまうというやり切れない政策だったのだと初めて知った。当時私は、 表土削り取りに対して農家さんがどう思うか考えなかったし、これできれいな土になれば 農家の人たちも安心だろうなと思ってしまっていた。でもそれは被災者でも農家でもない 側からの意見で、当事者である農家さんたちにとっては死活問題であったと気付けた。や はりこういった農家さんたちの思いは、実際に現場に出て話を聞いてみないと分からない と思う。ますます、現場に出ることの重要性を感じた。
    私は将来土木の道に進みたいと思っている。どんな政策でもそうだが、土木関係は特に 地域の方々に話を聞き、信頼を得ないといけない分野だと思う。何度も書いているが、信 頼関係を大事にしていきたいし、地域の方々に納得いただけるような仕事ができたらいい なと思う。
    また、この記事内では農家さんにとって大事な土が、行政側にとっては廃棄物だと思わ れてしまっている、価値観のすれ違いが起きていたことが書いてあった。土だけでなく、 その地域の景観や、自然、生態系など、地域住民にとっては大事なものでも、他地域や行 政にとってはそこまで価値が感じられないものがあると思う。行政がやりたい政策と守っ ていきたいもの、地域住民が守っていきたいものは食い違ってしまうかもしれないが、そ こで衝突しあうのではなく、話し合い等でお互いの守っていきたいことを理解しあえるよ うになることができればいいなと思った。実際に行うとなるととても大変だと思うが、そ れでも、行っていくことが必要だと思う。その地域の価値を、次世代に繋げていけるよう にしたいと思った。
    加えて、自分が大学で学んだ分野だけで仕事をするのではなく、地方創生にも目を向け ていきたいと思った。自分がこういった仕事をすることで、この地域は将来的に農業しや すくなるし、住みやすくなるといった目的のほか、それに付随して、子供たちの遊び場や 学習の場にできるなど、様々な方面に目を向けていきたい。
    最後に、記事にもあったように、飯館村のことは、世界中どこでも起こりうるし、原発 でなくても何かしらの問題は出てくると思う。その時に、同じことを繰り返さないような 仕事ができればいいなと思う。そのために、様々な事例に目を向けていきたいと思った。


  18. 1. 土壌物理学者が仕掛ける農業復興ー農民による農民のための農地除染

    ・東日本大震災後すぐに、国から大学は手を出すなといった旨のメールをいただいたとおっしゃっていましたが、先生が農地の農民による農民のための農地除染を進めたのは国への反骨心もあったのでしょうか。(回答:はい、もちろん。私にとってはなぜか反骨精神が行動力の燃料になっているように思います。) 

    ・放射線に汚染された土に関わらず、原発によって影響を受けたものの被害は計り知れないところである。3.11直後では、「福島県産の農作物は放射能で汚れている」といった声によって日本国内でも福島県産の農産物や海産物は敬遠されていた。しかし、最近、東京オリンピックの開催にあたり福島県産の桃が世界各地の選手団が食し、大絶賛されていたことも記憶に新しい。また、福島県産の米も平成27年以降放射能の基準値が超過していない状況である。反対に考えれば、ここまでの汚名を着せられてきた福島県は日本で一番放射能について厳しく検査していた県ともいえるのではないだろうか。ここで考えたいのは、「放射能で汚れている」とは言うが、その放射能についてどれほど理解しているかである。放射能と聞くと、原爆による被害やチェルノブイリ原発事故といったあたりを想像されるだろう。放射能に大量に被曝してしまえば危険ということは分かっていても、どのような危険や影響を理解はしていないだろう。正直、私自身も良く分かっているとは言えない。放射能とはどのようなものかといった知識なしに自らの感情だけで批判した結果が福島県への冒涜へとつながったのではないだろうか。自らが分からないもの知らないものに対峙した際、いかに冷静な判断を下せるかは重要であるといえる。昨今の新型コロナウィルスの件でも、様々な憶測やデマが蔓延し、無暗に人の不安を煽るような情報が錯綜した。人々の想像を超えた時、非常事態であるから、自分の信じたい情報に飛びつくのではなく、冷静に正しい情報を見極めていきたい。

    ・ここでもう一つか考えていきたいことは、「心」の話である。放射能に汚染された土が自分にどんな被害をもたらすか分からないから、汚染された土は剥ぎとり処理してほしいという気持ちを理解できないわけでは無い。しかし、その土は今まで長い間育まれたその土地の大事な資産でもある。私は、大学のサークル活動の一環で盛岡市近郊の農家の獣害被害の対策活動に携わっている。その中では昔、農家さんの気持ちを行政や大学がくみ取ることが出来ず、良い関係を築けていなかった時期が存在している。そのことを考えると、ただ単に科学的に有効な手段だからといってその土地に住む人たちの感情を無視して、進めてしまうことが決して、正解であるとは言えないことを理解した。国が押し付けるのではなく、国と農家さん双方が納得できる方法を考える時間は無かったのだろうかと思う。

    2. 情報通信インフラ整備で開花する新しい農業農村の多面的機能

    ・ボゴール大学との新しいプロジェクト研究とは、どのような研究か。(回答:いろいろやっていましたが、この記事を書いた時は唐辛子プロジェクトでした。火山噴火のバリ島ウルトラ横断記 

    ・日本は前からスマート農業やIoTの導入についての話が上がっていたのに、インドネシアよりも情報インフラの重要性をなぜ日本の農水省は認識していなかったのか。最近、日本の省庁で印鑑を使わないようにしていく動きがあることをニュースで見た。数十年間、今まで続けてきた慣習を捨てきれずにいるからこそ、農業と情報技術といったような新しい技術や形への導入が遅くなってしまうのだろうか。(回答:たぶん縦割り行政の弊害でしょうね) 

    ・スマート農業やIoTを進めていくとなれば通信技術のある会社にとっては一つのビジネスチャンスに成りうるだろう。そんな中で、どこも名乗りを上げるような話がないのはなぜか。(回答:インフラ整備は一会社ではできないからです。) 

    ・今回の講義を受けて、これからの農業に通信技術への知識が必要不可欠であることを痛感している。90年代初頭に通信技術が発達し、世界と瞬時に繋がることが出来た時は、衝撃を与えたはずだ。その後に生まれた私たちの世代は小中学校や高校、ひいては大学でもパソコンの基本的な操作を習ってきた。しかし、パソコンを扱うことを苦手とする人は多く、また、最近では家にパソコンがなく、スマートフォンでしかインターネットに接続する環境がないということも多い。インターネットは生活に欠かせないものとなってしまったが使いこなせる人というのは実際多くは無いと考える。そんな中で、中山間地地域に高速通信インフラを導入していくことは難しいと考える。導入される側にも情報通信への知識が無ければ、先生が川柳で仰っていたように使えないものとなってしまう。これから先の情報教育が重要となるだろう。私自身、何度か中山間地域に訪れ農作業の手伝いをしたことが何度かある。基本的にご年配の方たちは連絡を電話や回覧板で行うといったようにアナログな部分が多い(アナログであることを否定はしていない)。中山間地域の多くは高齢者である。私たちのような世代でも私を含め、インタ―ネットに「使われている」といえる。私たちが今回受けたような、IoTの入門のような情報通信技術の知識を理解する機会というのを、高速通信インフラを導入していくことのあたり導入していく側も与えていく必要があると感じる。


  19.  初めに、私が選んだ一つ目の資料は、土と資料の中の1である「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」です。
     選んだ理由は、私は茨城県出身で、実際に東日本大震災の被害を受けたのと、福島県は隣の県ということもあり、「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」の記事がとても身近に感じて興味が一番あったためです。
     私がこの「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」を読んで思ったことは、東日本大震災が起きて、福島原発が爆発して放射線の被害が広がったとき、私は小学生でした。テレビで福島第一原発事故の様子と、放射線で被爆の問題を観て、大変だなとしか感じませんでした。今でも実際に自分が大きな被害を受けないと、どこか他人事みたいに、大変だなと思うくらいで、その被害に対して行動しようという気持ちは出てきません。しかし、今回の資料の記事を読んで、困っている地域や人たちに対して行動しようという考えが生まれました。「震災から数日後の3月15日に農業土木・農業工学研究者同士で東京大学農業工学会議を仮設立しー」とあって、行動力やその速さに驚きました。また、政府が行っている汚染土壌への対策よりいいものはないかと、実験を行って他の良い方法を見つけようとしていることにも驚きを感じました。「国はすでに指定した除染方法を変更することはできないという理由で、依然として大型の建設機械による表土除去が続けられ、黒いフレコンバックの汚染土はドンドン増えて行ったのです。」という文を読んで、以前、地元近辺に汚染土を置くという話があり、地域住民が案の定大反対していたのを思い出しました。汚染土の置き場所は全国的にも少ないのかなと思ったのと、福島原発から2、30km圏内のほぼ全部の表土を黒いフレコンバックにしてどこかに置くとなると置き場所に困るのは仕方ないし、大反対しても仕方がないのかなと思っていました。もし先生の方法で汚染土の対処できると、置き場所の問題も解決できるのではないかと思いました。


     私が選んだ二つ目の資料は、農村情報インフラの中の2である「スマート農業の死角」です。
     選んだ理由は、最近スマート農業やsociety5.0が叫ばれていて、良いことしかないと思っていたのですが、“死角”という文字の意味が気になったためです。
     私がこの「スマート農業の死角」の記事を読んで思ったことは、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」とあり、実現したら本当に理想的だと思いますが、肝心の「農村地域の通信インフラの整備ができていない」とあり、理想にはなかなか程遠いなと感じました。「導入コストが高い」とあるのと、農業従事者の高齢化が大きな課題だと感じました。また、「日本の国土は狭く、スマート農業の恩恵を多く受けられるのは北海道」といった記載があり、スマート農業が実現できても思った成果が得られないという問題が発生しそうだと感じました。スマート農業は良いこと尽くしの理想感が強いものであり、実現するにはまだまだ課題が多く残るものであることがわかりました。今後、10年、20年後になってインターネットに多く関わっていて、理解がある世代が増えていったとき、このスマート農業は全国に多く普及するのではないかと思いました。

環境修復学21@岩手大学

Last Update 2021/11/17