環境修復学22@岩手大学

担当教員: 溝口勝(東京大学)

【講義】2021/10/26-27
時限:水3,4,5コマ, 木1,2コマ


【提出されたレポート】

  1. (1)福島原発事故被災地に通い始めて8年半
     福島では原発事故という悲惨な出来事があり、農業にも甚大な被害を与え、多くの人々を苦しめるものであるが、それを再生させ、さらに発展させようとしていることは、不安に駆られていた農家さんを経済的にも精神的にも救うことのできるような逆転の発想でよいことだと思った。しかしそこまで辿り着くのにもたくさんの苦悩があることが分かった。
    土壌の除染の方法で福島復興農業工学会は汚染された土壌を埋設し、その上にきれいな土をかぶせるだけでよい「までい工法」を編み出していたにもかかわらず、国が表土を削り取って除染するという方法を指定していたため、までい工法に変更することができなかったという出来事がいかにも日本らしい柔軟な対応のできなさが表れていると感じた。そこで除染方法を変えていれば物事がより良い方向により速く進めていたと考えるとやるせなくなる。現場もなかなか除染も進まない、国も余計な予算がかさむのでこの対応で誰も得をしていないというのが更に不服だ。
    過疎地域でICT農業を始めるというのはとても素晴らしい試みであると思う。高齢化の進む農業従事者の負担を減らすようなものはどんどん導入されてくべきだとは思う。ネックである通信インフラの整備も、5Gなど新規格の通信システムが整えられていく現代なら、そう難しいことでもないと思うので政府には力を入れて頑張っていただきたいと思う。ただ不安なのが高齢者が最新の機械を操作できるのかということだ。自分の携帯でさえまともに使えない高齢者も一定数いるということを聞いたことがあるため、相当わかりやすくシステムを作らなければいけないと思う。
    また人間関係の構築が必要というのも、研究者からすれば面倒ではあるけれど大切なことであると感じた。自分たちが昔から行っていることを急に来た人から「今の方法は効率が悪いから自分たちの方法に変えてください」と言われたら、反発してしまうのは当然なことだと思う。人からの信頼を得るためには計算ではなかなか難しいものがあると思うので、自分のような人見知りの人間には厳しいものがあるとは思うが、必須ならば頑張りたい。
    農地の再生というマイナスから、新しい農業というプラスな事業まで押し上げていったことはやはりすごいことだと思う。もちろんすべての事例がうまくいくわけではないとは思うが、被災をした地域からでも上手く再生していける地域が増えていければいいなと被災地出身の人間としては感じた。


    (2)農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える
     ICTやIoTなど単語は聞いたことがあっても、意味を理解していない人が多くいると思う。私もそうだ。さらに言えばAIやビッグデータなどもなんとなくしか意味が分かっていない。農学部ではこれからはスマート農業の時代と教えられることはあると思うが、中身を詳しくは教えてもらわないため、このような人も多いと思う。この資料を見て自分でも改めて調べてみたら、農業の分野だけでも、生産進捗や設備のデータの管理などわかりやすくデジタル化しているものもあれば、調べるまで想像もしなかったような種植えから収穫までの全自動化など様々なものがあった。資料にもあったように、組み合わせ次第で無限の可能性があり、前向きに明るく考えていけば、できないものはないのではないかと感じた。
     問題点としてはやはり農業従事者や農学部系の研究者に、デジタル関係に強い人が少ないことだと思う。もちろん理工系の人と協力して計画を行っていけばいいだけなのかもしれないが、どちらも知ってるエキスパートが多くいたほうが良いと思う。集中講義であったようなIoT実習などを楽しめた人も多いと思うので、農学部でももう少し機械を触らせてくれる機会が増えることを願っている。


  2. 「土壌物理学者が仕掛ける農業復興―農民による農民のための農地除染」を読んで
    これを読んで、私はすごく恥ずかしくなりました。というのは、震災が起きてからもう11年がたつというのに、私は同じ東北に住んでいながら、農学を学んでいながら、原発事故で汚染の被害に遭った地域のことを何も知らなかったからです。この文書を読んでセシウムの性質を知る前は、「汚染された土はとても危険で、削った土を下に埋めるのは地下水が汚染されてしまう」と考えていました。ところが、除染について、「セシウムは粘土粒子と強くくっついており、深いところまでは浸透せず表層にとどまっている。だからその部分を取り除くことができれば、莫大な予算をかけて大規模に表土を削り取らなくても、農民ら自身で除染作業ができる」と述べられていました。私はこれを、初めて知って驚いたし、間違った理解で今まで過ごしていた自分を反省しました。一方で、(自分の実家も代々の農家なので)飯館村の農家さんの立場だったらどんな風に考えるだろうと想像しながら読んでいましたが、もし当事者だったら、自分の生きる土地を守るために、もっと正しい理解をしようとしたと思うし、自分でできることはなんでも取り組んだとも思います。つまり、ひどいことに、私は福島の汚染被害を半ば他人ごとに考えてしまっていたのです。自分の住む地域や農業に関わることはもちろんながら、社会で問題となっていることについて、自分事で考え、しっかり調べて、正しい情報を・積極的に、得る努力をしようと思いました。
    また、現代の社会は、ソーシャルネットワークが発達し、テレビや新聞といった大衆メディアの衰退もあり、あふれる情報から真偽を見極める必要や、意識的に調べないと自分が関心の低い情報は入ってきにくくなっている事実もあります。そのため、先生の行う情報発信や、特産品を作る発想は、別視点から関心を持ってもらうこともできて重要だと思うし、私たちは、いろいろな方面からの情報にアンテナを張っておくことが大切だと思いました。
    質問)除染の全体を統括しているのは環境省とのことでしたが、農林水産省はどのように関わっているのでしょうか?除染の方法は農林水産省で定めているのに統括しているのは環境省ということで、疑問に思いました。また、国土交通省は関係しないのでしょうか?

    「スマート農業の死角」を読んで
     現在の「大規模・最新テクノロジー」を掲げるスマート農業を推し進める動向について、私は違和感がありました。確かに、最新の機械を使って農地を大規模に展開して集約的に農業をすれば、生産としては効率的なのは理解しています。しかし、私の周りには家族経営の農家が多く、高価な最新技術の機械を導入したり、農地を大規模に集約して農作業を行ったりということは、すぐには難しいと思います。だからと言って、それであれば生産の効率が悪いから零細農家はいなくなって大規模農家が農地を経営すればいいとは思いません。このまま大規模農業が推し進められて、記事にあるように「無人の農村の大規模農場で農業ロボットが作業する光景」が身近な場所で広がるようになったら、私は嫌です。このように考えるのは、農業には食料を生産すること以外にも、農業を代々営む中で形作られたその土地の文化や、人々の関係性など、多様な価値が存在すると考えるし、自分もそれを感じているからです。ですから、先生が「日本独自の多種多様な農業を対象にした、小回りの利く家族農業を支援するスマート農業をめざすこと」を主張していることにとても希望を持ちました。特に、通信インフラを整備して、新しい多様な価値観を持つ小規模農家が自由にアイデアを活かして安心に暮らせる農村づくりをすることが重要という主張には大きく同意します。
    例えば、小さい農家でも競争に負けずに経営していくためには、個々の農家の農産物や、農業経営自体に付加価値をつけ、それを消費者に共感してもらうことだと考えますが、そのために、特にインターネット環境が整うことは、(農家自身にとって)最も低コストで効果的な手段になると考えます。なぜなら、インターネットやSNSを活用することで費用や労力を抑えて広告効果を得たり、直接的な売買のつながり以外にも、新しい観点からの支持者やコミュニティを創出することなどが、個々人で自由に取り組むことができるからです。
    成功例ができて、通信インフラの重要性がさらに理解されて、農業者自身も必要を訴えることで、農村部における通信インフラの普及が、国が主導して積極的に進んでいったらいいと思いました。



  3. 1)農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える
    「ICT も IoT も SNS もインターネットに“つなぐ・つながる”ことが重要である」という点について深く共感した。以前は情報が発信者から受け手に対して一方的に伝えられるだけであった。しかしインターネットの登場により、リアルタイムで情報をやり取りすることができるようになり、誰もが情報の発信者と受信者になるようになった。情報が一方的なものから双方性を持つものへと変化したのである。
    現在様々な分野で通信インフラ・情報インフラの整備が進んでいるが農業農村の分野ではそれが遅れていると言う指摘がある。農業農村においてこれが達成されることでどのような効果が生まれるのだろうか。
    インドネシアでは、各農家が持つ携帯電話に、各地の担当者から 1 日 2 回の頻度で GPS付画像が送られてくるシステムが稼働している。農業省の担当者が 栽培歴に基づいて種まきや移植の時期の指示を出しているらしい。また、これらの情報を得ることにより農家が農地を見回りする負担を軽減することもできそうだ。
    上記の既存の事例以外にも様々な効果が想像できる。
    農家同士で情報がリアルタイムで共有できるようになれば、有効な耕作の方法や人手不足の状況などを共有できるようになる。インターネットの持つ「情報の双方性」が活かされる例だ。これにより地域や集落全体での生産性の向上や負担の軽減ができると考えられる。今まで顔を合わせて行われてきた情報共有が、情報通信インフラの整備によりより広い範囲の多くの農家とできるようになるのだ。これにより新規参入のハードルも下げることができるかもしれない。
    現在日本では農業整備は農水省、通信整備は総務省が管轄するという縦割り行政の弊害により農業における通信整備が遅れている。今後の進展に注目したい。
    私は農政局の職員として農業農村の整備に携わりたいと考えている。現在農政局で情報インフラについての事業はあまり見られないが、今後その主体となる上で上記の文脈を踏まえて事業に携わりたい。

    2)スマート農業の死角

    1)で述べた ICT は勿論、農業機械の発展などもスマート農業には含まれ、その推進が奨励されている。しかし、スマート農業の普及には死角も存在すると指摘されている。
    即ち、農業が食料生産をする単なる工業に成り下がると言う指摘と、日本の農家が必要とするスマート農業と現在推進されるスマート農業に乖離があるという指摘である。
    農業は、その主体である農家の生活のみならず、その周辺の農村のコミュニティを形成している。つまり農業は「食」のみならず「住環境」を形成しているのだ。現在推進されるスマート農業により大規模なある種企業的な農業が面積の小さい日本で普及した場合、既存の農家の持つ住環境や暮らしはどうなってしまうのだろうか。スマート農業には農業のための情報インフラの整備も含まれるはずだが、それの推進が既存の有機的な農村コミュニティの消失に繋がりかねないのは皮肉なことである。
    また、海外の農業に比較した日本の農業の強みというのは、弥生時代から培われてきた品種改良、水管理、土地改良などの技術である。これを補強する水管理負担軽減のための ICTは、現在十分な整備がなされていない。5G 回線の登場がこれを改善すると期待されるが、各集落の水環境、農地の割り振りや農家の配置などに合わせて 5G 回線をどのように整備するかは工夫が求められる。
     スマート農業には上記のような課題があり、これらを踏まえた推進が肝要である。
    しかし、一つ目の指摘である大規模化・工業化による農業の雇用の喪失や有機的コミュニティの喪失については、どうしても生産力強化のためには受け入れなければいけない印象を受けてしまう。農業のもつ「食」の面を強化すれば「住環境」の面は衰退してしまい、二者択一を迫れているように感じられる。両立する方法を模索していきたい。


  4. ・「農業農村開発の技術を考える」を読んで
     まずは「技術」と「工学」が全然意味の違う言葉であるということが驚きであった。技術はあくまでも手段であり、工学は学問であるという違いが記事を読む中で分かった。技術というものが開発される前段階で工学というものが存在し、工学で研究され生み出されたものがやがて技術として社会に導入されていくものであるのではないかと考えた。よって工学という言葉は世間にはあまり定着していないがために単語は知っていても意味がはっきりと区別できていないのではないかと考えた。
    農業農村開発技術の導入、普及のところでは対象とする農村を決定した際に課題・ニーズを把握するというところまではなんとなく想像がつくが、まずは既存している技術を導入するところから始めるというのが新たに知った。それぞれの対象に合った技術を開発して導入するものだと思っていたので新たな発見であった。
     技術が開発されて普及していくことはいいことだと考えられているが、普及することによってその場にいる人たちの仕事がなくなったり、文化・慣習が壊れたりするのははたしていいことなのかということは自分も同感だ。非農家の人からすれば便利であることはとてもいいことだと思いがちであるが何か新しいものを導入するということは必ずしもメリットだけではないということを心にとめておきたい。
     記事全体を読み、農業農村工学を学んでいる自分の身としても、工学から生み出される技術はたくさんあっていいと思うし、工学の部分がどんどんと発展していくことは将来を明るくしてくれるであろう。しかし一方で先ほども書いたようにその技術を導入することにより農家のバランスを崩してしまうことが一番よくない。農家の課題とニーズをしっかりと把握しそれを工学的な視点から技術を多く開発し実現できるようにしておく。もし農村に技術を導入するといった場合にはどの技術を使えば農家のバランスを崩さずに済むのか、そこにいる人たちの生活・文化を守れるのかといったことを考えていく必要があると感じた。以上から、私たち農業農村開発の技術者として、国内ではなく海外とも協力して技術の選択肢を増やしていくことが必要であり、社会貢献につながっていくのではないかとこの記事を読んで感じた。

    ・情報通信インフラ整備で開花する新しい農業農村の多面的機能を読んで
     インドネシアでは農業農村の情報インフラが発達しているということに驚いた。インドネシアでは情報システムが発達しており、農業省の担当者が年間の農業の動向を指示してそれに基づいた農業が展開されており、国内の民間企業が大量の画像を整理しているというところ、農業省含む7つの省が連携して農業を行っているということが日本と違うと感じた。日本では農林水産省が水・農地・環境のインフラ整備をしているが情報インフラは総務省が行っているということは初めて知った。また、スマート農業普及に向けての技術、機械は年々開発されているような感じはするものの、実際に導入したときの通信網はどうするのか、通信技術はどうするのかというところについては私たち農学部にいてもあまり耳にしない。また、田舎や外れの方に行くにつれて携帯もつながりにくくなり県外になるところも多い日本で技術だけ開発されたままでいいのかということは私も同感である。その前段階にあるのは田舎の通信環境なのではないかと私も考える。まるで優秀な作物があるにもかかわらずそれを植える土地がないといった感じだ。このままでは技術の無駄遣いになってしまうかもしれない。至急情報通信システムの開発が必要である。
     田舎に情報インフラを整備することは人がいなく利用することが都会よりも少なくなるので一見無駄なようであるが、情報インフラが整備されてその通信網を農家が毎日利用するので通信網を整備する価値は十分にあると思う。また情報インフラによって種まきの時期などが知らされるシステムが構築されれば、都会で働く人が副業として農家をすることができると思う。溝口先生が日本のスマート農業を大規模なものではなく家族規模での展開を考えているということがすごく印象的であった。この情報インフラが整備されれば、進学、就職で地元を離れていった若い人たちも時期に合わせて帰ってくることが十分にあり得ると私は考える。そうすると家族単位での農業が代々的に可能になってくるのではないかと考える。田舎の高齢化、若者の流出はしょうがないと考える。そんな中でも地元(田舎)が戻ってくる場所、農業をする場所としての存在になれば若者が出ていきっぱなしということはなくなっていくのではないかと考える。よって田舎に高速通信インフラが整備されるべきであり、整備されれば若い人たちが農業へ就くのではないかとこの記事を通じて考えた。


  5. (1)スマート農業で再生へ

    この講義資料を読んだ率直な感想として、土壌物理学という1つの学問が村の危機を救うことができることに感動した。また、福島の農業が一度リセットされたことで、ICTを活用したスマート農業を取り入れやすくなるという逆転の発想により、絶望から希望に変わる取り組みはこれまでの田舎の農業のイメージを大きく変えたものだと感じた。
    までい工法は放射性セシウムが下層に浸透しないことを踏まえ、少ない費用で行うことが出来る工法であり、農地の汚染土を埋めて、綺麗な土を被せるという工法である。私はこの工法の今後の課題として、新規就農者を取り入れることや、今後新しい農業を続ける上で、誤って土を掘り返さないように、今利用している土の下には汚染土が埋まっているという事実を忘れないように伝えていくことが重要なことであると考える。現在は問題が出ていないが、今後新しい代の農家がこの事実を忘れ、大きく土をほり返すような取り組みがあれば同じ問題が再発してしまう恐れがあると考える。また、汚染土が埋まっている土地で生産された農作物という悪いイメージを払拭し、受け入れて貰うためには誤解を無くす取り組みなども行う必要があると考える。次にICTを取り入れる上での課題として、までい工法は少ない費用で復興をすることができるため農家自らの負担は少ないが、新しい取り組みであるICTを取り入れる為にはこれまでの農業よりも多くの費用がかかるということが課題であると考える。新規就農者だけでなく、帰村した農家が新しい農業を行うためにはこの課題を解決する必要がある。

    (2)スマート農業の死角

    現在、話題になっているスマート農業のイメージはこれまでの農業の形とはまったく違うものであり、無人の農村で農業ロボットが大規模に食糧生産を行うものである。しかし、これは海外の農業であれば成立し、日本では日本の肥沃度、面積に適したスマート農業があるということに私はこれまでまったく考えたことがなかった。この講義資料を読み、これまで受け継がれてきた先人の知恵というのは、現在の私達が一から解決しようとしても解決が出来ない問題点を網羅されているものであり、スマート農業という新しい技術を取り入れることで新しい問題が生まれるというリスクがあると感じた。
    スマート農業というのは少子高齢化である日本の担い手の不足を補いながら、日本の食料自給率を高めるための対抗策として挙げられているという側面もあると考える。現在のイメージにある無人式のスマート農業が提案された理由として、担い手不足の減少が原因であり、担い手がいなければ受け継がれてきた先人の知恵を活かすことができない。そこで、完全新規の若者も取り入れるために、多様性を活かしたスマート農業を一般の会社員の副業のような形で行うシステムがあれば持続的に行う可能性が高まると考える。
  6. 『福島原発事故被災地に通い始めて8年半』を読んで
     まず、この資料を読んでみて「現場主義」という言葉が印象的だった。これまで大学でスマート農業が現在に日本の農業で進められてきていて、大規模な土地で高価な農業機械を用いた最先端の農業を行っている映像を見たことがある。祖父が家族経営で小規模な農業を営んでいるため、農作業を手伝いながら小規模農家の現場の声を聞くことがたくさんあった。その中で現在進められているスマート農業は祖父のような家族経営の農家には疎遠のもので大規模に営む一部の農家だけに関与しているものだとわかっていた。しかし、溝口先生は違った。福島県にある小さな村である飯舘村の農業再生に尽力された。
     専門家というのはある分野において特化しているものである。例えば土壌物理学を専門に扱っていたらその道を極めているわけである。しかし、何を専門に扱っていても最終的な対象は人になるのではないかと思った。今回の飯舘村を例に挙げると、すでにセシウム除去に対する方針が決まって実際に行われていたのに、新たな方法を提案して地道に調査し続けた。それを見ていた現地の人々が頼るようになった。ここで現地の人が頼ってくれなかったら一連の事業は失敗に終わっていたかもしれない。現地主義という言葉には現地を訪れて現状を知るということと同時に現地の人からの信頼を得るということも含まれているような気がした。
     また、専門分野における土壌おける問題を解決することに尽力されるだけでなく、帰村者が全体のわずか15%ほどであることから地域復興を目標に掲げさまざまな事業を提案し、挑戦していたことに驚いた。このように地域復興に向けて物事を点で考えるのではなく、関連させて線で考えることが非常に大切であると学んだ。

    『スマート農業の死角』を読んで
     現在の日本におけるスマート農業とはコストが高く、生産量のみを考慮したものが多い。しかし、普通の農家にはそのような機械を導入するような金銭的余裕はない。また、日本における中山間地域は農業に適していて、平野よりも山が多いことから大区画な農業は不可能である。そのため、小回りの利いた家族農業を支えるスマート農業を開発していく必要があるのだ。
     そこで挙げられるのがIoTやICT技術なのである。現状としては中山間地域まで通信インフラが整備されていないが、23年までに5Gの基地局を全国に整備することから2、3年後には中山間地域にスマート農業が取り入れられているかもしれない。
     日本の農業とは、弥生時代から水田稲作が先人から現在まで受け継がれてきたものである。水管理、土地改良、品種改良など本来であればこれからも後世に受け継いでいかなければならない。しかし、農業がロボットによって行われるようになってしまたら、知識を受け継ぐことができないため、日本の農業の強みが失われてしまうかもしれない。スマート農業によるメリットデメリットを把握した上で進めていく必要があるように感じた。



  7. 「農業農村工学の「つなく゛・つなか゛る」を考える」を読んで

    「都会に住む若者は農業を好意的に捉えている」とありましたが、これについて都内に住む友人も同様に将来は地方で農業してみたいと話していたことがありました。彼は生まれも育ちも東京都でそれも都心。人口が集中し、どこに行くにも人だらけという環境で育った彼も、やはり人の多さには辟易するのだと話している中で気づきがありました。またお世話になっている先生と話している中で、地方で農業をしながら働くSEがいてもいいだろうと盛り上がったことがあります。オフィスに閉じこもって頭ばかりを使うオフィスワークだけでは、人間はおかしくなってしまうだろう。日に一度は外で太陽の光を浴びて体を動かす。ランニング等の運動ではなく、農業を選ぶことで作物ができる喜びも味わえる。頭脳労働と身体労働をバランスよくこなすことで、精神的な健康にもつながるだろうということでした。これこそ溝口先生のおっしゃっていた、農業農村インフラ整備によって見えてくる未来の姿の一例なのではないかと思います。現状では農業農村部ではインフラ整備が進んでいないこと、また農業といえばほぼ専業農家を思い浮かべる状況であると感じます。近い将来、インフラ整備により都会と変わらぬ設備の中で働ける状態になり、また農業農村地域の人々の交流の中で精神的にも健康的にも健康に過ごせるようになれば、地方にはとても魅力に見えるはずです。これからの時代は都会よりもむしろ地方、農業農村地域にポテンシャルがありそうだと感じました。

    「スマート農業で再生へ」を読んで

     原発事故が起こり、人が途絶えたこと、またそれにより福島の農業が一度リセットされたことは悲しいことだと感じていましたが、新しい技術を取り入れやすい土壌が新たにできたということでもあるとポジティブに捉えられるのは大きな希望であるなと感じました。スマート農業は現場レベルではあまり進んでいないという印象ではありますが、新しい農業の形が見えるモデル地区として形になれば、飯館村だけではなく農業全体の光となりそうだと感じました。
     除染作業について、溝口先生の開発した「までい工法」が有用である、また表層に付着した放射性セシウムは下層まで浸透しないことは事実であると思います。しかし安全だからといって地元の農家さんたちが容易に受け入れられるかといえば、心情的に抵抗があるのも事実であると思います。さまざまな分野で言えることですが、研究者が新しい技術だったり、事実を発見したところで、それがそのまま世間に受け入れられるわけではありません。農家の側でもこちらを信じてくれる人が必要であるし、こちらとしても信用してもらうために努力が必要です。研究することは大切ですが、それと同じくらい現場の人を思うこと、また信用してもらうための関係性作りや維持も大切なのだなと感じました。


  8.  集中講義では様々な内容のお話を聞くことができたが、その中でも東日本大震災による福島第一原発の放射線汚染について私は非常に身近で、興味深いと感じています。そのため、「飯舘村に通い始め約8年 土壌物理学者による地域復興と農業再生」と「福島県飯舘村の除染に尽力-スマート農業で再生」を課題のテーマに決めました。私は大学で農業について学び初めて約3年半が経ちました。大学に来るまでは関西にずっと住んでいたため、小学生の頃に起きた東日本大震災のことは遠い場所の出来事であり、東北に来るまであまり身近には感じていませんでした。しかし、東北に住み始めると東日本大震災から約10年経った今でも周りに被災者の方が少なからずいたり、東北の沿岸地域を訪れると新しい建物は多いが人がほとんどいなかったり、そのような東日本大震災を今になって肌で感じました。特に被災地の農業の復興に関しては東北で農業を学ぶ機会がないとなかなか知ることができないことだと改めて感じています。今回溝口先生のような被災地の農業の復興を長年現場主義で行われてきた方に直接講義をしていただき、とても貴重な機会でした。ありがとうございました。
     講義や資料を通して私が感じたことは、東日本大震災から約10年経った現在、人々がどこまで放射線に関してどれくらいの懸念を抱いているのか、また被災地でない農村地帯でも若者を取り入れるのに大変苦労されているような現状で飯舘村のような過去に放射線による避難指示が出ていた新規移住者を呼び込むという点ハンデをもった農村に人を呼び込むということはかなり難しいことではないかということです。東日本大震災が起きた当初は東北産の産物全てが風評被害にさらされていたのを今でも覚えています。特に福島産のものは放射線量を厳しく検査したものでもなかなか手をつけてもらえないというニュースをよく目にしていた記憶があります。しかし、現在ではそのような東北産だから、福島産だから口にすると危険であるというような風潮はかなり薄れているように思います。資料にも紹介されていた飯舘村の米を使った純米酒「不死鳥の如く」が即完売したことは風評被害が薄れてきている証拠ではないでしょうか。こういった風評被害が早々に収束した背景には溝口先生のような専門家の方々の持続的な協力と、地域の方の努力の賜物です。溝口先生のお話にもあったように挑戦には壁が必ずつきものです。「飯舘村に通い始め約8年 土壌物理学者による地域復興と農業再生」の資料の中で森田先生がジャイアント・ミスカンサスをセシウム吸収に用いるという実利的な提案も実際に現地で農家がやるとなると様々な課題が浮き彫りになっていました。研究者が画期的な提案だと感じた案でも実際に現地では受け入れがたいものであると言う点においては難しいところであり、徹底した現場主義が生きる点です。溝口先生が発案した「まいで工法」はそのような現場とのギャップが少ない点は現場を大切にしている溝口先生だからこそ考案された手法だと感じました。ただ、国が進めていた大型の建設機械による除染に対してまいで工法はともて簡単であり、黒いフレコンバックを出さないという画期的な工法に住民の方は戸惑われたのではないでしょうか。あまり良いことではありませんが、もし今後再び原発事故のような被災が起きたとき、まいで工法はとても有効で、環境にも優しい除染法であるため有効に取り入れて欲しいと感じます。以上のように復興に向けて溝口先生を始めとする未だに多くの人が尽力している東北ですが、どの農村でも高齢化が大きな問題となっています。地域を、農業を維持していくにはやはり一定数の人口は必要不可欠です。「福島県飯舘村の除染に尽力-スマート農業で再生」に出てきた飯舘村は東日本大震災で何もかもがリセットされ、人口も減ったためにスマート農業を積極的に取り入れ新規就農者を呼びこもうと試みています。しかし、若者の多くは便利な都会へ出て行き、職業の選択肢として「農業」が含まれている人は数少ないように思われます。風評被害が収束しているとはいえ一時的にでも射線による避難指示が出ていた地域に住んでみたい、就農したいと思う人は少なく、呼び込むのはなかなか難しいのではないかと個人的には思ってしまいました。飯舘村は女性の訪欧いった珍しい取り組みを実施してるユニークな自治体だと資料にありました。飯舘村では新規移住者、就農者を呼び込むために訪欧のようなユニークな取り組みを何か行っているのでしょうか。
     最後に私も今後農業土木の専門家として働いて行く上で、自分が生み出した提案と現場とのギャップを埋めるには徹底した現場主義が重要であり、農業土木はマイナー的な存在で認知度も低いため、子供達への教育を始めとして認知の向上にも今後努めていかなければと感じました。今回の集中講義で得た知識や考えたことを今後の就活や就活後の仕事で活かしていければと思います。ありがとうございました。


  9.  福島県飯舘村の除染に尽力―スマート農業で再生へ を読んで

     被災地に訪れ実情を学ぶことの重要性を再確認した。災害から時が経つにつれて、または被災された場所が遠いほど、災害のことを忘れやすく現地の被害の大きさや重大性に気づけていない怖さがあると感じた。自分もいつか同じ被害にあうかもしれない、同じ被害を繰り返さないために何が出来るか、被災地となった場所に何ができるかの意識を持ち続ける努力が必要だと思った。2011年のシンポジウムでは主催者の方たちはどのようにして依頼する人を決めたのか気になった。2011年の講話の際の村長のこのままでは村がなくなってしまうといった発言が印象に残った。緊迫した状態から東日本大震災の規模の大きさや災害の恐ろしさを思い出した。までい工法は農家の少ない負担で実践できるものだが、被害にあったからこそ汚染土が残ったままの怖さやもしものことを思う農家さんの気持ちを理解できた。実験で安全性が立証できても、放射性セシウムの怖さや当時の人々の放射性に対する反応から安全を信じ切ることは難しかったかもしれない。積極的に協力してくれた農家さんの存在は大きいと感じた。
    従来の農法がリセットされ、ICTを活用したスマート農業が再生につながるだけではなく、最先端の農業を築いていけると感じた。
     現場の生の声はコロナ渦やSNSの発達によって聞く機会がめっきり少なくなった。ネットの文字やテレビのインタビューで知った気になるのではなく、現場の空気と対面での現地の人の声から学びを得たいと思った。
     
      農業農村開発の技術を考える を読んで
     農業農村工学を学ぶ場と農業者のギャップを感じた。農業農村工学は大学に入るまで知らない言葉だった。農業農村開発工学や農業農村工学は研究する学問であり、実際現場の適応を保障できているのだろうかと思った。過去を振り返ると環境の負荷が大きかったり、生態系に影響を与えたり現場の適用性は欠けている部分があったと感じる。
     いまのように技術が発達する前は農家さんが開墾・水の確保・土の管理・栽培・施肥・防除・気象・収穫・販売・村内の共同作業など全ての作業を一人で担っていたことに改めて驚きと感動を覚える。現在技術の発展で負担は減ったが、それぞれの作業が専門的に分かれた分全体としてのつながりが薄いようにも感じる。農業機械に限らず技術の進歩が速すぎることのマイナス面は大きいと思う。資料に記載されているように技術の普及にはある程度の時間をかけることが必要だ。速すぎた分、様々な面で綻びが生じてしまった。技術の普及を促進する社会だが、普及が地域社会に良き影響をもたらすかの検討は十分必要だと感じた。技術の発展のマイナス面にも注目することが重要だろう。
     農学国際専攻が気になった。農業は広い分野を持つので自分が専攻している学問だけでは農業の一部しかつかめておらず、農学部の他の学科が何を学んでいるかよくわからずにいた。同じ3年生として、座学ではない農場・牧場・臨海・森林・海外実習の受講と農業農村開発の技術を現場体験できることを羨ましく思う。コロナ渦で現場体験がなくなることが多かったので、社会情勢が安定したら現場を知ることを大切にしたい。
     


  10. 『農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える』を読んで
     ICTやIoTは地方農村の「できること」を増やすという側面では非常に可能性に満ち溢れた存在だと私は考える。これらは都市から遠く離れた地域にとって、場所に関係なく利用できるという側面で今後、特に欠かせなくないものになるだろう。
    私の祖父母が暮らす一関市厳美町は、最寄り駅から30分かかる場所に位置している。この集落は商業地区や工業地区はその周辺に分布しているため、買い物をするにも働きに出るにも不自由な立地であり、そのために人口流出が止まらない。加えて、中山間地域であることから、農地拡大が困難な立地特性を有した場所でもある。最近、「農業は儲かる」「農家でも年収1000万円超え」と話題に挙がっているのを耳にするが、そのような収益を挙げている農家のほぼ全てが都市近郊型農村や、秋田県大潟村のような大規模圃場の事例である。一方、中山間地域の多くは先祖伝来の農地を荒らすのは惜しいと年金農家を営んでいるのが実状だ。実を言えば私の家は後者の立場であるため、どのようにして衰退する地方農村を都市部と同等の人口動態にし、経済を維持発展させられるか、悩みの種であった。そういった地域を存続させるため、ビオトープや重要文化的景観として農村地域を観光地化しようと行政も苦心しているようだが、プレイヤーの経験不足や高齢化が壁となって、それら取り組みは実を結んでいない。
    前述のような地域格差によって衰退する地域にとってICTやIoTを歓迎すべき要因は、それらが立地特性を気にせずに導入できるという点である。山奥の場合、通信速度に多少問題はあるが、都市部での暮らしと何ら変わることなくパソコンやスマホを利用することができる。また、山々に囲まれていても、屋敷林にさえぎられていてもネットワークを利用できるのは、立地が収益の大部分を左右する農業分野においてありがたいことである。現代では全ての場所が、人々が既にネットワークの中にいるかのように思われているが、実際には地方農村における住民生活や生業の多くがオフライン上で営まれている。本文中にも書かれていたように、高速通信環境が整備されれば思いもよらぬ多面的機能が見出されるかもしれない。私は以前より生活環境や家計の問題から、どのタイミングで地元集落に帰郷し生活を始めようか思いあぐねているが、ちょっとしたイノベーションによってその活路は拓かれるのかもしれない、と本資料を読んで考えた。

    2.

  11. ・福島原発事故被災地に通い始めて8年半
    飯館村の復興において,までい工法という画期的な除染方があるにもかかわらず一度決めたことは変えられないという理不尽な理由でそれが採用されなかったというのは非常に大きな問題だと考えた.確かに行政が方針を二転三転させることは住民に対して多大な負担をかけることになるかもしれないが,だとしても時間やコストを削減できる画期的な方法を否定する理由にはならない.また,汚染土をどこで保管するかという問題も大きくなっていたときに被災地の中で処理できる方法があったにもかかわらずそれを採択しなかった国の責任は大きいと考える.災害大国である日本は今後もどこかで災害が発生しその度に復興というプロセスを経ると思うが,今回のように一度決定したことをなかなか変えられないという行政の怠慢によって復興の障害が生じることはあってはならない.画期的な技術を最大限生かすためにも行政の中の仕組みを正していくことが必要だと考えた.


    ・農業農村社会の「つなぐ・つながる」を考える
     まず,ICTやIoTという単語は何度も耳にしたことがあるし,実際に使っていたが意味を今までしっかりと理解していなかったが,今回この論文を読んで初めて辞書的な意味まで理解することができた.
     また,先進国であるはずの日本の内閣府が「農業農村整備分野のICTは遅れている」といった趣旨を明言しているという事実は非常に残念なことだと思った.そしてその原因の一つに農林水産省と総務省という二つの省庁の管轄の違いにあるというのが非常に情けないと思った.省庁の違いにより課題への対策に支障をもたらすというのは今回のことに限らず今までに何度も発生していると思う.このまま何も対策をしなければまた何度も同じ失敗を繰り返すことになる.省庁の垣根を越えて一つの課題に取り組める新しい枠組みを作ることが必要になってくると考える.
     そして,省庁だけでなく産業の垣根も超えた協力がこれからの社会で必要となってくると考えた.今までは農業と情報通信技術,農家とSEが手を取り合う環境というのはなかなか発生しえなかった状況だと考える.それは,日本やアジア諸国などの古くから農業を行っている国に多く見られる企業ではなく家庭で農業を経営している体制により外からの情報を取り入れる機会がなかったことも原因だと考える.しかし,現在日本の農業は高齢化などの問題により大きな転機を迎えており,これを機に他業種と手を取る良いきっかけになりうると考える.日本のアメリカなどに比べて土地生産性の高い現在農法を踏襲しつつ企業や他業種が農業に参戦することで大規模な農業に発展させることにより労働生産性を高めれば日本の農業もV字回復とまではいかなくとも何もしないよりははるかに良い結果を招くことができると考える.そのための第一歩としてまずはICT, IoTの活用を多くの農家ができるように仕組みや技術を整えていく必要があると考えた.


  12. 1.土壌物理学者が仕掛ける農業復興―農民による農民のための農地除染
     私の除染のイメージは大型機械を用いて農地の表土を取り除くというものだけであった。実家の近くに除染で出た土が積み上げられている場所があったが、他に方法がなく大量の廃土が出ることは仕方がないことだと思っていた。そのため、個人で除染ができるということや表土を取り除く以外の除染の方法があったことに驚いた。
    農家の方から土を全部取り除いてほしいという意見は、放射能に対する知識がないために生じる不安によるものだと感じた。地域住民の意向をくむことは今後もその土地で生きていく人にとって大事であると思うが、それでも過剰な手段を取ることには賛成できない。こういった場面で適当な判断をするためには、やはり知識が重要であると考える。
    小学生の頃、まだ原発事故が起こる前に一度だけ放射能の授業を受けたことがある。放射能はこの世界あらゆるものからでも出ていて、物質によって遮蔽率が異なるといったことを教わった。なぜそのような授業があったのかはわからないが、印象深い出来事であり今でも覚えている。この記憶によって放射能に対して過剰に怖がることがなかったと思う。この経験から知識をもっていることの大切さを感じた。
    この記事から除染を単体の行為として考えるのではなく、復興の一環として次の工程に向かうための一行程と考えることが必要であるとわかった。また、何事も楽しむという姿勢が人を集めアイデアを生むのだと思った。

    2.スマート農業の死角
    スマート農業の死角は、スマート農業は技術が開発されても通信整備が行われていない地域では普及しない、技術が生まれてもどこででも使えるわけではない部分と理解した。農業のスマート化が行われ、農家の負担を軽減させることには賛成である。スマート農業は日本の普通の農業に合っておらず大規模圃場を対象としている。そして現在の農業を維持していくためには大規模化が必要であるという意見がある。よって大規模化をすることでスマート農業を採用することができると考えられる。しかし、日本の農業の大部分は家族経営であり、また農業地域の通信整備が行われていないことを考えるとスマート化が与える影響は大きくないと思った。
    先生が「IoTはあくまでツールであり問題はそれを使って何をするのか」とおっしゃっていたように、今学んでいる事柄も学ぶことが目的ではなく、その事柄を使ってこれから何をするかが大事であると感じた。
    「農業生産を安定的に営み、地域社会の持続的発展のために貢献する存在として家族農業が注目されている」とあるが、これは家族農業のどういった点が評価されているのでしょうか。


  13. 福島原発事故被災地に通い始めて8年半を読んで
    東日本大震災によって福島原発で事故が発生してしまい、それによって原子炉から外部にセシウムを初めとした放射性物質が流失してしまったということは小学生の頃に大丈夫なのかなと思っていた記憶がある。国ではセシウムなどの放射能物質を除染するためにひたすら大型機械を使って表土を掘削して廃土として最終的には中間貯蔵施設に移動させるという方法をとっていたが日本は島国なため国土が狭くこの方法は適していないと考える。一方溝口先生が提案していた「までい工法」は汚染土の上に汚染されていない土をかぶせることで廃土を出さずに除染するという方法でこれは国土の狭い日本に合っている方法だと考える。しかし放射性物質が半減期を過ぎるなどして自然に消滅するまで待つ必要があると思うがそれより前に土を何らかの理由で掘り起こすことが無いようにするための対策などは行っていたのかが気になった。

    スマート農業の死角を読んで
    今までスマート農業は良いものだと考えていたが、今回この話を読んでスマート農業の行きつく先は工場ではないかと言われたときに確かにと思うのと同時に衝撃を受けた。自分は研究でスマート農業について扱おうと考えていたのでスマート農業だけに注力して今まで受け継いできた伝統農業がなくなってもいいのかと考えるようになった。しかし農業従事者が減ってきている今少しでも労力を割くためにスマート農業が重要であるということに間違いはないと考えるそのため、すべてをスマート農業によって効率化するのではなくスマート農業と今までの伝統的な農業を共存させることが一番大切だと思う。



  14. 講義資料5,福島県飯舘村の除染に尽力―スマート農業で再生へ
    震災による放射線で土地が使えなくなった飯舘村。当然ながら人々は避難をせざるを得なく、当時は放射線が消えるまでは1000年かかるとも聞いた。そんな中で積極的な除染に取り組み、除染後の土地での生活を想定した再生に取り組んでいるのが印象的だった。被災地には生活を支える産業を整えなければ、出て行ってしまった人は戻ってこない。除染後の農作業を魅力的に、ICTを活用したスマート農業を導入して農作業を効率的に行えるようにして、実際に導入まで至っているのが凄いなと思った。スマート農業を導入して新規就農者や帰村者を呼び込むために被災地だけに必要なことではない。このようにスマート農業を導入した「モデル」がある以上、スマート農業をいち早く導入できた地域から若者の新規就農者が流入して、高齢化や過疎の問題は解消されていくだろう。
    岩手県を例に挙げると、中世から1000年変わらない棚田や農村景観をもつ地域が一関市本寺地区にある。歴史的・文化的価値があるため本寺地区は環境条例が厳しく、圃場整備などを行うことが難しい。外部から見れば、「綺麗な農村景観が残っていて、今も農作業が行われていて凄い。」と思えるだろう。しかしながら住民は環境条例に縛られ圃場整備ができない、区画整理もできない、収量も少ないと踏んだり蹴ったりである。そのような様々な制約で大規模な改修が出来ない土地にこそ、スマート農業を導入して農作業の負担を少なくするべきだと考える。
    本寺地区も同じく高齢化が進んでいる地域であり、このまま放置を続けていると田んぼを整備する住民もいなくなってしまう。仕事にとらわれないライフスタイルを求める人も多いことから楽に管理・収穫する手法を確立していくことができれば、農作業で村の存続も出来ることだと考える。
    *質問Q,スマート農業で「これは凄いな」と思った技術・用途があれば教えて頂きたいです。
    講義資料4,情報通信インフラ設備で開花する新しい農業農村の多面的機能
    インドネシアの日本の農業インフラの違いを読んで、日本は情報に対する認識が他国に比べて甘いということが初めて分かったし、情報の扱い方も遅れているんだなと思った。正直、前々から他の講義でも「農地の写真を遠隔でみて種まきや移植の時期の指示を出し、農地を管理しなければならない」とよく耳にした。自分的にはあと数十年先のことだろうと思っていたがまさか既に導入されている事例があることに本当に驚いた。日本はかなり遅れをとっていることを改めて知らされた。日本の農業農村では情報インフラは整備されていない。溝口先生の「農業IoTは本物か。田舎にこそ高速通信環境を」という主張を読んで、日本の農村地域が直面している問題の多くを解決できる手法なのではないかと思った。主張を実現できれば、農家とSEを兼任する半農半Xで収入を増やせるし、過疎問題、ライフスタイルがより良い物になりより住みやすい環境を作れるだろう。どの分野に関してもだが、場所を選ばずに同様のサービス、恩恵が受けられる世の中になればいいなと思う。その第一歩として農村移住しても不便と思わない仕組みづくりを構築してみたい。

  15. 「福島原発事故被災地に通い始めて8年半」を読んで

    福島第一原子力発電所の事故によって、飯舘村などに放射性セシウムが田畑や森林が影響を及ぼしてしまい、それによって福島県産の農作物全体への風評被害が話題になりましたが、汚染土の上に新しい綺麗な土をかぶせるだけなので、地下に放射性セシウムを含む土が残ることになるため、一見心配に思えてしまうような手法ですが、シンプルな「までい工法」で、ガンマ線が100分の1から1000分の1に減衰したように、農地除染ができて、収穫した白米にもほとんど放射性セシウムが含まれていなかったということがとても印象に残りました。この手法が浸透すれば、放射性物質が含まれている汚染土の処分の問題も解決していくのではないかなと思いました。また、当初は除染作業が国が指定した除染方法と違っていたことを巡って、方向性の違いのあった飯舘村役場の方々と、現場である飯舘村に週末の度に通うなど、お互い様々な場面で協力し合える関係性になるまでの過程を知ることができました。また、「若者の翼」では、農家の嫁を10日間ヨーロッパに旅行させ、現地の文化に触れさせるという取り組みは新鮮だなと思いました。現地の人の信頼を得るには時間は掛かっても現地に出向き、対話などをすることによって、誠意を示していく必要があるなと感じ、現場に出ることの大切さを改めて感じました。自分は今のところは将来、公務員になりたいと考えていますが、地域の人の声を聴き、寄り添えるような人になりたいなと思いました。

    「スマート農業の死角」を読んで

    自分は正直、あまりスマート農業について分かっておらず、メリット、デメリットについてもいまひとつ考えたことがないので、今までは何となく良いことが多いのかなと思っていましたが、今回の資料を読んで必ずしも良いことばかりという訳ではないなと感じました。高齢化や人手不足が問題となる中、省力化が進むのは良いことだなと思いましたが、近年、家族農業が注目されている中で、現在のスマート農業は作業条件の良い大規模圃場や農業ハウス向けの技術開発が進められているということを知りました。実際は、日本は国土が狭いため、あまり規模の大きくない農家が多い中、読んでいるとまだ普通の農家にも使えるようなスマート農業は開発されていないようだったので、今後、日本独自の農業技術や農村文化を保全していくためにもそういった家族農業を支えられるようなスマート農業が開発されたら良いなと思います。また、無人田植え機や田植え機、稲の生育モニタリング用ドローンなどの農業用ロボットやAI、IoT、ICTの開発されてきていて、省力化に向けた取り組みが進んでいますが、自分の家の祖母を見ているとスマホにすら対応できていないため、農業従事者の高齢化が進んでいる中ではそういった技術についていけない人も多いように感じてしまうので、その人たちへの普及の仕方も課題になってくるのではないかなと思いました。        


  16. 私は講義資料の『農業農村開発の技術を考える』と『農業農村工学の「つなぐ・つながる」を考える』を選んで読んだ。
    前者を読んで考えたのは、農業農村開発の技術は文化を平たくしているということである。「農業農村開発の技術は文化を平たくしている」をもう少し詳しく言うと、農業農村開発の技術は地域固有の文化を消滅させ、量産型にしてしまっているということである。実際の例を溝口先生が目の当たりにしている。小学校入学した頃に、農業機械が導入されたことにより、農作業の方法が変化し、田植え時期の御馳走も消えていったとある。この記述から、人手の代わりに農業機械を使うようになって、結という文化がなくなったことがわかる。しかし、地域の文化が無くなることが悪だと主張するわけではない。地域の人々が技術を得るのを望んで、その結果文化がなくなるのは仕方のないことだと考える。すなわち、農業農村開発の技術を導入するとき、地域の人々の意思を第一に考えることが何よりも大切なことである。
    後者を読んでみて、モノ、コト、ヒトをつなぐとき、つないだらどんなことどんなことができるようになるのか前向きに想像することが大切であるという溝口先生の考えに賛成である。なぜなら、実現可能性ばかり考えるネガティブな想像では新しいものが生み出せないと考えるからである。現在まで様々な技術が進歩してきたのは、先人によるこんなことができたらいいなという前向きな想像の積み重ねがあったからこそである。前者の『農業農村開発の技術を考える』では、先端技術を活用しながら日本と海外の農場をインターネットでつなぐことで農産物の貿易や流通システムに革命が起きる可能性を溝口先生は想像していた。このように、前向きに想像することは農業農村工学におけるつなぐ・つながるを加速させるエンジンになり、非常に重要なことであると考える。しかし、海外と日本のような新たなつながりを前向きに想像する以前にやっていかなければいけないことは国内の地方の通信インフラ整備であるということを忘れてはいけない。


  17. ・「スマート農業の死角」を読んで
     この記事で「スマート農業の死角」とはなにか、直接的には述べられていないが、私は「技術」や「文化」が死角なのではないかと感じた。私は農業従事者の高齢化と人手不足が問題となっている今、スマート農業が効率的な作業を可能にすると思っていた。しかし、この記事を読み、今後スマート農業が進むことで農業をロボットやAIが全てを行うようになった場合、無人の農場でロボットが作業するようになり、独自の文化や農業技術はなくなってしまうのではないかと懸念されていることを知った。私は日本の農業の強みは農作物の安全性の高さと食味の良さだと考えている。これら強みは日本の各地の農家がその場所の気候や土壌などに合わせて先代から受け継いできた技術によるものである。もしも、スマート農業によって日本の農業が多様性のない均一なものとなってしまえば、上記の強みが失われ、広大な面積で安価に農作物を栽培している他国に負けてしまう。スマート農業によって日本の農業が多様性を失わないためには農業従事者を増やす必要があると考える。増やすためにはスマート化によって新規就農のハードルを下げ、人が増えたことでさらにスマート化が進むと行ったサイクルを完成するべきである。


    ・「情報通信インフラ整備で開花する新しい農業農村の多面的機能」を読んで
     以前他の講義でバリ島の農業の様子を映したテレビ番組を見たことがあるが、その映像では現地の人々は牛を使って畑を耕し、機械を使わず稲を植えていた。その地域がたまたま伝統的な方法で農業を行われているか、もしくは現在は機械化が進んでいるかもしれないが、日本の農業よりは遅れているように感じた。しかし、当記事内では情報インフラの点では日本はインドネシアより圧倒的に後れをとっていると述べられており驚いた。今後農業のスマート化を進めていくためには情報インフラの整備が必要であるが、日本は農村の情報インフラ整備を農水省ではなく総務省が担っているため遅れているという。なぜ農水省が整備の担当ではないのか疑問であるが、昨年内閣から発表されたデジタル田園都市国家構想により今後情報インフラの整備が進んでいくはずである。講義内でタイの畑の様子が大学食堂のモニターに映しだされていたが、農作物がどのようにつくられているか分かることは安心感に繋がると感じた。日本国内でも情報インフラ整備によって収穫の過程が映像等で消費者が受け取ることが出来れば、国内市場はさらに潤うはずである。


  18. 1.福島県飯舘村の除染に尽力−スマート農業で再生へ
    今回の集中講義の中で、1番印象に残ったのが、福島県飯舘村の除染のお話でした。「までい工法」という除染方法は初めて知り、私は資料中にあったように、汚染土の上にきれいな土をかけて埋めるという作業だけで土壌や地下水の安全性は本当に補償されているのだろうかという不安感や嫌悪感を抱いてしまいました。しかし、同時に素人の偏見にはろくな根拠はありません。そのため、もし私が飯舘村の農家であれば、専門の方が実験を重ねて得た検証結果を信じ、新しいことに挑戦したいとも感じました。資料には1部の農家が意欲的に取り組んだと書いてありましたが、賛同してくれる仲間を増やすにはきちんと住民に安全性を説明し理解してもらう工夫があったと想像できます。福島県に対する放射線物質のイメージは全国的にまだ残り風評被害や農地離れは深刻です。これから福島県の農業を盛り上げるためには、少しでも多くの理解者を増やし、福島県で農業を営む貴重な農家さんへの支援を充実させることが必要だと感じました。そのため、労働力不足を補うスマート農業は非常に有効であり、従来の農法がリセットされたことをプラスに考えて新たなことに挑戦しようとする考え方にはとても興味を持ちました。原発被災地を訪れると、未だに放置された元農地や太陽光発電施設が広大に広がっています。スマート農業でそれらを有効に活用し、少ない労働力で広大な農地の運営ができるよう支援していくことが、課題だと考えました。

    2.スマート農業の死角
    現在の日本では食料生産の拡大が最優先課題であり、その手段として大規模農場で農業ロボットを導入するスマート農業開発を進めようとしているが、日本の農村部の地域性や現状を踏まえると、スマート農業を農村地帯で展開するには通信基盤の整備が急務であり、多種多様な小規模農家を対象にした小回りの利く家族農業を支援するようなスマート農業が求められているということを学びました。特に、土地面積が狭く山岳地帯の多い日本では、欧米に習って大規模農場での作物栽培を行うのではなく日本の地形や農業の歴史の中で築いてきた技術などの地域性を大切にするべきだという考え方に共感しました。日本の食料自給率の低下、将来的な労働力不足は深刻な問題ではありますが、日本には四季や地域によって多種多様な作物が栽培可能であり、各々が異なる栽培技術を必要としています。そのため、労働力不足を補うために情報技術を用いることはたしかに農家を救うことに繋がるとは思いますが、欧米のような大規模な土地で限定された農作物のみを栽培する画一的な農業は不向きで、各農家の土地・土壌の性質や農家の年齢など様々な要素を踏まえ、最適な作物と最適な情報技術を用いることが大切だと考えます。そのためにこれからの農業基盤を支える私たちはより農家に寄り添い、持続的に農業を営むことができるようによう最適な方法を見つける必要があると考えました。私たちは高度通信網を整備したあとのスマート農業をどのように展開するのか、考えていくことが大切だと感じました。



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大学院農学生命科学研究科農学国際専攻
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Last Update 2022/11/17