波多野隆介 北海道大学 大学院農学研究院 |
土壌物理学会は、地球陸地の表面近くにある土壌における、水、エネルギー、物質の移動・変換・貯留、および大気、地下水との交換現象について、土壌に生息する植物、微生物、動物の活動との関係を含めて研究対象としている学会です。 土壌は、岩石の風化に始まり生物の活動により地表面に生成した唯一地球に存在する自然物です。その生成過程は、気候(化学反応や生物の活性に影響を与える水、温度、光)、生物(有機物を生産して土壌から養分を吸収し、また遺体を土壌表面に還す植物の活動、植物遺体を分解し養分を再循環させたり、大気の不活性ガスである窒素ガスを固定したりする土壌微生物の活動、落ち葉を粉砕したり地中に有機物を持ち込んで地中の鉱物と化合させたりするミミズなどの活動)、地形(標高により温度が違ったり、斜面の向きにより日当たりが異なったり、窪地には水たまりができたりして、気候条件を変えたり、生物の生育に影響する)、母材(岩石、堆積物、植物遺体など土の基になる材料)に影響を受け、ながい時間をかけてゆっくりと進行しています。 例えば、年間の長い間を氷に覆われる土地では、表面から2m以内に氷塊をもつ永久凍土となります。大規模な窪地には水が停滞し、泥炭地が形成されます。年間半分以上も植物が育たないほど降水量が少ないと塩類土壌ができます。このように、土壌はその土地の条件に規定されて存在しています。一方で土壌はその土地で植物を育み、食物連鎖の起点になっています。そこへ、私達が間違えた管理をしたら、あるいは気候が変化したら、その土地固有の土壌の発達と、その発達に伴う土壌を起点にした食物連鎖は壊れてしまうことは容易に想像がつきます。例えば、温暖化したら、氷はとけてしまい、水浸しになりそれまで育っていた植物は水没して死んでしまうでしょう。泥炭地を排水すれば、泥炭を作っている有機物は分解してCO2を出し温暖化を促進するでしょう。塩類土壌に水を撒くのはどうでしょうか?一見よさそうに見えますが、水は液体で動く塩を溶かして移動させます。水を撒くと、液体水が増えて、植物の水吸収により根の周りに塩が集まってきて、しばらくたつと、塩類濃度は植物が生育できないほど高まってしまいます。土壌の管理は、なかなか難しいことがわかります。 このような土地固有の土壌中における水、エネルギー、物質の移動・変換・貯留を計測し、生物活動との関係を解析することは、生態系を保全し、食料生産を維持し、持続可能な社会を構築するために欠かせないことが判ります。本学会は計測方法の開発、解析ツールとしての数値モデルの開発も研究し、広く陸域生態系の保全と利用に貢献することを目指しています。 歴史を振り返りますと、土壌物理学会は、土壌肥料学会、農業土木学会の研究者を中心に、1958年に土壌物理研究会として発足しました。発足以来、雑誌「土壌の物理性」を年2、3回発行し、現在117号に至っています。この「土壌の物理性」という用語から、土の重さや、手触り、水持ち、色といった物性しか連想しないかもしれません。しかし、この物性は、土壌中のダイナミックな反応、あるいは土壌そのものがどのように作られ、どのような方向に変わっていこうとしているのかの一断面を見せてくれている土壌の大切な性質なのです。また、かつて我が国の食料生産の安定のために、土壌物理研究会監修で「土壌の物理性と植物生育」、「土壌物理性測定法」を出版し、また、近年では教育への貢献として「土壌物理用語辞典」が出版されています。さらに、土壌物理学に係る教科書のほとんどすべては、本学会員の研究者により執筆されてきました。 気候変動の抑制が叫ばれる中、土壌物理学の知識は益々重要となっています。皆様のご貢献により、さらに土壌物理学の知識の充実が図られることを期待しております。 |
矢崎友嗣
業績:拡張フォースレストアモデルを用いた土壌凍結深制御による野良イモ防除作業「雪割り」の日程の検討
冠 秀昭
業績:電磁探査法による海水浸水農地の電気伝導度の測定
常田雄生
業績:繊維質シート状資材における透水係数の推定法に関する研究
渡部慧子
業績:温度,水分条件がメタン発酵消化液施用水田土壌中の窒素動態に及ぼす影響
佐々木美奈子
業績:泥炭土表層における二酸化炭素の生成と放出の年・日変化
辻 千草
業績:水溶性ガスを用いた土壌ガス拡散の測定