東アジア藝文書院(EAA)

学術フロンティア講義「30年後の世界へ??ポスト2050を希望に変える」

レジリエンスと地域の復興

担当教員: 溝口 勝
東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学国際専攻・国際情報農学研究室

【講義】金曜日17:05-18:35
講義資料 ブEAAブログの報告 議論の延長戦


このページは、受講生のレポートを共有することにより、講義を単に受けっぱなしにせず、自分の考えを主体的に表現し、自分とは異なる視点もあることに気づかせ、より深みのある講義にすることを目的に作成しています。

(学生)リアクションペーパー課題

この回の授業から、あなた自身がどのような問いを立て、それについてどのようにアプローチすべきと考えたかについて述べてください。
  1. 歴史の視点から復興という言葉の意味について考えた。今まではただ単に復興=元の状態を取り戻すことと思っていたが、それにはどちらかというと復旧(旧い状態に復す)という言葉が相応しいと思った。例えば戦後復興といった時にはただインフラや経済が回復するだけでなく人権保障や民主主義、新しい文化といった意味で前進や進歩、革新が見られたし、江戸の明暦の大火からの復興では防災を見据えた再建が文化に影響を与えた。このような意味で、復興という言葉には「復し、興す」という回復+αの意味があると考えた。今回の飯館村の例のように災害などで失われたものがある一方で、それまでの慣習などの制約がなくなることで新しく生まれるものもある。新しく生まれるものに着目して「復興」について考えることが大事なのだと気づいた。
  2. 復興に関するゴール地点について ゴール地点などはないのではないかと感じている。 復興において通過するべきポイントはあるにしても、完璧などは存在しないはず。 なので、復興とは、過去から今へ、そして今から未来へ続く、現在進行形のものなのだと、個人的には思っている。
  3. 素晴らしい講義ありがとうございます。
    私の中での農学部のイメージはとにかく「誰も行きたくない」ということです。学生が少ない、農学部に行くとしても進振りで3回落ちてたまたま入ったからやる気がないという人もいると聞いています。こういったイメージを持って、正直特別に面白い話が聞けるとは思っていませんでしたが、今回の講義を聞いて、いかに農学部でなされている研究が現実的ですべての人間にとって大切なのかと、改めて実感しました。
    (回答)農学部が文系の学生にこんな風にみられていたのか、とショックでしたが、私の講義でそのイメージを払拭でしたのは良かった。東大の文系の方々が農学部を知らなすぎるのが、経済界やマスコミが日本の農業を軽視する風潮を生み出しているのではないかとも思いました。
    土地の除染の技術的な話やその土地で育てられた米でお酒をつくったという話がすごく興味深く聞いて楽しかったです。しかし、何よりも気になったのは、ディスカッションの時にも取り上げられた「復興後、その農場に働く人がいなくなるのではないか?」という問題です。農学部に進みたい学生が比較的少ないこともそうですが、農業に興味を持って農場で働きたいと思っている若者が少ない気がします。おそらくその理由は、農業自体が嫌だというより、都心部と比べた時に農村での労働環境やお給料、地方の過疎化で老朽化したインフラなどだと思います。過疎化に伴って更なる過疎化が進むという非常に難しい問題が生まれてきます。その解決はどのようにすればいいのかという問いの答えは私は分かりませんが、地域の復興が大事であるが、それとともに地域のインフラの改善(住民にとっても重要)や、若者の農業や地方についての興味を高めることも重要だと、今回の講義を聞いて思いました。
    (回答)ここでの意見も結局は、田舎の価値を都会人が理解していないことに起因しているように思います。そもそも都会に住む人は農村に行ったことがあるのでしょうか?まずは都会人が今の生活とは異なる環境を体験し、自分とは異なる価値を認めることが必要だと思います。首都直下型地震が来た時に頼れるのは農村のような気がします。
  4.  研究者としての経験だけでなく、政府機関での経験もお持ちの先生からの講義は大変興味深かったです。ありがとうございました。
     復興において大事なのは、農村における人間らしい生活を、現地の人々を手助けするようなテクノロジーをうまく取り入れながら、人々との対話、助け合いを通した自発的な復興を促していくことだと理解しました。私自身、北海道出身で、自然が身近にあったので、自然とともに人間らしく生きていくという人生観にとても共感しました。このような考え方は、災害時の復興だけでなく、過疎地域の振興に際しても重要な考え方だと思いました。
     現代は、インターネットが発達しさまざまな情報が手に入るようになったことで、地理的に離れた地方の情報が手に入りやすくなった一方、インターネット内の情報の偏りに盲目的になりやすく、また、不確実な情報に惑わされたりして、一人ひとりが一貫した価値観を形成するのが難しく、同時に、よかれと思って異なるコミュニティに自分の価値観を押し付けてしまいやすい時代だと思います。こんな時代だからこそ、なるべく現地に足を運び、対話や助け合いを通して、双方の「はっぴー」につながるプロジェクトを模索していくことが大事なのだと思いました。
    (回答)その通り。全く同感です。
  5. @原発事故からの農村の復興にとって重要な、風評被害の払拭はどのように行われるべきか? →マスメディアはあまり風評被害を抑える方向には働かずむしろ広めかねない。農作物などが安全であるということの科学的根拠をちゃんと示した上で、政府や公的機関の広報を頼るか、あるいはインターネット上のインフルエンサーに依頼する(興味がない人のところにも情報がいくだろう)などでもいいだろうから広報の努力をする。またこの講義やスタディツアーなどといったものも活用。農作物だけでなく地域やそこに暮らす人々などにも注目してもらいプラスのイメージを与えられるといいだろう。といったことを個人で考えましたが広報という行為についてもっと勉強したいです。
    A元いた住民が戻ってくることではなく、新しいコミュニティを形成して農村を復興させるのを目的とするので良いのか?→よくわからないのですが場所としての農村の価値について考えなくてはならない?あるいは戻らない人に意見を聞いてみるとか?似たような質問があり先生がそれに回答もされていましたがあまりよく理解できず…。
    (回答)戻る戻らないは当事者の選択ですので、他人がどうこういうものではないと思います。結局は価値があると思った人が集まって新しいコミュニティを作って行くしかないのではないかと私は考えます。
  6. 復興前の姿に戻り、デジタルを活用し、何が起きようとも前の姿に戻るレジリエンスを得るために必要なことについて、必要なことはなんなのか。さらに平時において都市部だけでなく地方の人が主体的にデジタル関連技術にアクセスするようになる条件はどうなっているのかを考えた。結論として、収益への即効性と競争性が重要だと考え、それを促すアプロートがよく、具体的には各産業特に農業等における入退場が容易になる設計かつ、大規模経営が許容される特定法案が資するのではないかと仮説を立てた。
    (回答)私も概ねそのような考えに近い気がします。
  7. 地震大国の日本が発展を続けるためにはどうすれば良いのか?大規模災害が比較的高頻度で発生する日本において、災害発生地域から他の地域へ人口が流出してばかりでは、極端な話、いずれ日本のどこにも住めないことになってしまうかもしれない。自然現象の発生自体は避けられないことだが、減災と合わせてレジリエンスも非常に大切な概念だとわかった。レジリエンスを高めるためには、精神面で「絶望→希望」の転換を後押ししてあげる必要があると思う。そのためには、過去の災害から回復しつつある他地域の住民が、自身の経験を被災地の方々に伝えることも有意義だと考える。災害大国の日本だからこそ、「結」の文化を通して過去の経験を現在に生かしていくことが非常に大切になってくるだろう。
    (回答)その通り。全く同感です。
  8. 問い:地域の復興のために重要なことは何か
    アプローチ:今回の授業では飯館村が具体例として挙げられていたが、対象をより広い視点、「地域」という視点から見ると、復興のために重要なことは何が考えられるか。重要なこととしては、その地域の特性を活かし、住民や関係者と対話を重ね、その上で必要な活動や援助を行うことがまず考えられる。というのも、被災地とは性格がやや異なるものの、ある地域・国に対して善意でしたことや、送ったものが結局現地のニーズに合わないがために役に立たず、善意の押し付け、上から目線の案の押し付けで終わってしまった事例について、耳にすることが少なくないからである。被災地の現状や特性を十分理解しないままで、活動や支援を行なった場合、同様のことは容易に起こり得るのではないか。授業内で触れられていたように、この点で、現地・現場目線の活動は欠かせないと考えられる。
    また、授業内では「結」という概念が紹介されていたが、これも重要なことであると考えられる。というのも、同じような境遇にあったことが過去にあった人々が手助けすることは、真に必要な手助けにつながる、と考えられるからである。 以上二つのアプローチに共通している点は、「価値観の共有」ないし「空気の共有」と言えよう。よって、地域の復興のアプローチとして最も重要なことは、「価値観/空気の共有」であると考えられる。
    (回答)その通り。全く同感です。
  9. 農村の復興においてテクノロジーが用いられるのは多大な利益をもたらすと同時に負の側面も併せ持っていると思う。例えば、今回の授業で牛の様子をリアルタイムで監視できる技術があったが、それによって触れ合うことでしか分からない病気を見逃す可能性もある。この問題に対しては、テクノロジーを用いることで失われるものを検討する視点が必要であると考える。
    (回答)はい、「負の側面」も考慮しながら技術の導入には最新の注意が必要です。私の論考(農業農村開発の技術を考える)をお読みいただけましたら幸いです。
  10. 今回の講義を振り返って、私は地域の「復興」あるいは農村社会の維持に際して、経済的観点と社会的観点からの政策決定は相互に決定的に食い違ってしまう可能性があるのではないか、という問いを立てた。すなわち、他者との関係に見出す個人の主観的満足度は、失業率、○○の生産額、投資額などといった経済的指標とある程度は連関するとみなしがちだが、実はほぼ無関係でもありうるのではないか。
    この問いへのアプローチの前提として、日本の経済・社会状況を以下のように整理したい。食料自給率の低さから、主要作物・畜産物の増産による食糧安全保障の強化が叫ばれる一方で、産業の高次化による高付加価値化を通した利潤追求も、経済成長の安定維持、さらに言うならば、膨張する社会保障費を抱えた財政運営を鑑みると、不可欠であるというジレンマがある。また、どの産業においても情報技術による産業の自動化が進んでおり、農業を含めた第一次産業も例外ではなさそうである。究極的に言えば、開発・研究から生産、販売までのあらゆる利潤最大化の過程が自動化され、生身の人間が入る隙はなくなる可能性もある。 このような展望の中で、地域の「復興」を考える。私は、経済的水準による評価ではなく、他者との関係に対する各個人の主観的な満足度を、可能な限り定量化する概念を導入するアプローチが、かなり長期的に見ると、妥当だと思う。それは、「有限」である資源の最適分配の結果としての限界交換率、商品A○○個が商品B○○個に対応するという見方そのものが、人間を社会的存在として位置付けた時、効果的でないということだ。例えば、地域愛や地元愛は「無限」に持続することも多い。というのも、避難期間終了後に、被災地となった元の居住地に戻る人々も少なからずいる。また、家族愛なども同類のものとして見ることができる。
    これらの観念を定量化する完璧な方法はないかもしれないが、自動化による生産行為からの人間疎外が進んでゆけば、人間が内面において無限に宿す価値を重視するほかなくなる。なぜなら、「モノ」と向き合う生産にヒトはいなくなり、ヒトは「ヒト」と向き合わなければ自らに他者との差異としての価値を見出せなくなるため、主観的な満足度の高い状態、言うなれば幸福ではなくなるからだ。勿論、ヒトとモノの境界的存在としてAIが思い浮かぶだろうが、所与のものとして血縁や地縁を持ちえない点で、ヒトとは決定的に隔絶している。
    さらに、社会的観点から農村に焦点を戻して「復興」を考えれば、それはヒトとヒトの関係の再構築とも言えるかもしれない。講義の中で、溝口勝さんから「農村は単なる商品生産の場としての工場とは違い、レジリエンスとしての復興は再び幸福になることだ」といった趣旨の言葉を頂いた。まさに、人間同士を中心に据えた社会の再構築を目標とした政策が、復興の最適なアプローチであるということなのだろう。
    ただし、冒頭に挙げたような経済的現実に脅されて拝金主義的な切迫感に襲われると、以上のような示唆を、原始的な農耕社会に回帰すべきだという急進的な主張と同一視がちになる。だが、経済的指標や都市社会の誤謬を追求したいのではないことに留意したい。至上命題として経済的な「復興」ばかり追求していると、物質的豊かさに比べて、price+lessな幸福を見失ってしまうと言いたいのである。
    (回答)私が伝えきれなかったことを代弁してくれてありがとうございます。
  11. 復興の観点からではないのですが、現在の行き過ぎた資本主義のなかで、人々がどうしたら農業を基盤とした自給自足の穏やかな生活に戻りことができるのか、一種の理想主義にも聞こえますが、やはり大切なことなのではないかと思いました。この問いは、農村地域での人手不足にも関わってくることだと思います。人手不足を解消するには、若者を外部から呼び寄せるしかないと思うのですが、多くの若者は、この学歴社会で将来稼ぐための活動に集中しているため、よっぽど興味がない限り、農村地域で活動しようという人は少ないように感じます。少なくとも私の周りはそうです。しかし教授のおっしゃる通り、良い面も悪い面も含めて実体験をすることで、自分の農業に対する考え方が変わるのは本当だと思います。しかも、まだ訳もわからない小学生の時ではなく、多少は世の中を知ったつもりになっている大学生の時にです。大袈裟かもしれないですが、短期的な農村地域体験型授業のようなものを大学授業の必修にしてみるのも面白いのではないでしょうか。それでどれくらいの皆んなの意識が変わるのかは分かりませんが、その意識変化が行き過ぎた資本主義を止める契機になるのではないかと考えます。
    (回答)全く仰る通りです。以前何かで「駒場生にジャガイモの種を渡してそれを増やすことができた者だけを進学を認めるべき」というような主張したことがあります。(ソースを探してみます。ショウ油ではありませんwww)--->見つけました!これです。Show You!農学は雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ・・・(ニューズレター『学環学府』No.22 2008)
  12. 先生が復興の話をしてらっしゃった中で、復興はリコンストラクトではなくレジリエンスとおっしゃっていたのが印象的だった。そこで疑問だったのが、もし復興がリコンストラクトであるなら全て元通りにすることがゴールであるだろうが、レジリエンスであるならば復興のおわりはどこにあるのだろうということだ。先生は、復興したかどうかは当事者個々人決めることで私たちの決めることでは無いとおっしゃっていた。それと先生の講義を踏まえて、復興は地域の人の気持ちに寄り添いながら地域の人と取り組むもので、地域の人の気持ちを第一にし、暫定的な目標を立てることはあっても最終的な決まったゴールはないのだと考えた。
    (回答)2.の学生のコメントと近いですね。
  13. 3.11以後、「復興」は現在進行形で続いている。それはすなわち、私たちが「危機」以後の時代を生きていることを意味している。溝口先生の講義は、そうした「危機」の後に人間社会が実際に新たな形で甦るその過程を現場に密着したかたちで語る、凄みのある言葉によって織りなされていたように思う。 「危機の時代」が絶えざる「復興の時代」であるためには、先生が語っていたように「コミュニティ」が不可欠である。それは、「農村―都会」「高齢者―若年層」の差異が存在することを受け入れながら、なおもそれを越えていこうとするものとしてしかあり得ないことを、13年という長く、短い時間のなかで、私たちは実感する。こうした「地」に足のついた「希望の語り方」は、とかく閉鎖的になりがちで、自家中毒的に「危機」と「絶望」が回りかねない「大学」において、一線を画した魅力を放っている
    (回答)ありがとうございます。大学に奉職して40年間、大学とはどうあるべきか、を常に問い続けて来ましたが、これが今年度定年退職を迎えるにあたってたどり着いた一つの境地と言えます。
  14. 溝口先生の現場主義的な姿勢とそれによるコミュニティーとの協力には感銘を受けた。講演の様子では、自身の人生を心から楽しんでいるように思えた。人生を振り返ったワクワクグラフが面白く、駒場生に対する柔軟に考えよというメッセージがすごく響き、大学という枠にとらわれず興味のあることにどんどん突き進みたいと感じた。研究や専門知識を生かして、除染に携わるだけでなくて、酒米を育ててお酒を作ろうとしたり、ツアーをしようとしたりと、心の底から復興に携わろうとする姿に驚いた。学者の領分は学問的な領域にとどまると思っていたからだ。先生の姿は、学者が地域と密接に関わりながら、お互いがお互いに好影響をもたらすという、学問と世俗の相互交流を体現していて、興味深い。また、次世代の人々と対話を楽しんでいる様子がかっこいい。背中を見せて、学生たちを期待する姿勢が素晴らしいと思ったし、あのような境地に至りたいと思った。
    私の出身は京都府の北部地域で、なかなか地元に残りたいという人は少ない。このような地域が非常に多く存在することは、日本の課題であると言えると思っている。私が住んでいたような地域では、他の地域との差異化を図るために、様々な工夫を凝らしていた。 被災地は、被災地ということが一種のブランドになって、人を呼び込むことも可能であるという点で、復興はある意味ではチャンスなのかもしれないと少し思った。犠牲になった方々に失礼な表現であることはわかっているが、リセットされた状態で再スタートしていくチャンスは滅多にない。何もないところから、伝統に縛られることなく生きていけるからだ。復興の中で、おそらく被災地に限らない、普遍的に様々な地域に役立つ何か(例えば情報も王の整備など)を見出し、それを全国に広げていくことが大切だと思うし、そのような過程で人が、いわゆる田舎を都会より劣っているものとみなすことがないような雰囲気を醸成させていくことが必要だと思う。 先生の「お金なんてたくさんあってもhappyではない」という言葉や、テクノロジーを人間に変わるものとして捉えるのでなく、人間を優しく支えるものと捉える姿勢は、そういった都会と田舎の観念的格差を終わらせるために必要な精神だと思う。お金がたくさんあることがhappyではないという意見には心から賛成だ。また、農を基本とする、自給自足的な生活を理想とされていたのにも共感する。
    先生の言葉は儒教における農業と家族を基盤とする考え方に似ていると思った。ある意味では、復興で目指されている新たなコミュニティというのは、復興前とは構成員の異なる新たな家族であり、何か絆のようなもので結ばれる結束の強いコミュニティができればいいなと思うし、農とは人々の協力によって成り立つのだから、人々を結びつける力があるのだろう。このような側面を社会に提示し、人々の意識を徐々に変えていこうとすべきだ。
    先生の話を聞きながら、復興というものの対象は天災に限られないと思っていた。今起こっている地域でいつか戦争が終わった時、また今、戦後を体験している地域で復興を根本から支えるのは、技術と農なのかもしれないと思った。 ただ、いわゆる都市部では、農による復興は困難であると思うので、どのように都市復興させていくかをこれから考えてみたい。 今回の講演で、農の可能性を知ると同時に、文系としてできるであろうことは、理想を想定しつつそれをどのように実現するか考えようとし理系と協力していくことだと思う。
    (回答)お褒めの言葉ありがとうございます。(ちょっと照れくさい)。私はバリバリの理系人間でしたが、原発事故後の復興現場を経験し、真の意味で文理融合の大切さを感じています。文系の学生の皆さんには、まずは現地の声を自分で聞くことから始めてほしいと思います。
  15. 質問の時間に、「高テクノロジーの技術の開発・普及」を強調しすぎて、実際そこにいる人間が見えていない、という趣旨のことを仰っていたことがとても印象に残っている。少し話はずれるが、同じようなニーズとのミスマッチがか震災の際の被災地支援などにもみられると考えている。使用する人間や地域の目線で考えるのは当然として、実際現地の声をきき行動する、というのが望ましいと考えた。
  16. 今回の授業を受け、「原状回復のしやすさの程度によって、復興のあり方も変わるべきなのか」という問いを立てました。同じ復興と言っても、建物全体や生態系全体が壊されたりしない場合と、原発事故のように長期間に渡って被害地域に影響を及ぼすような場合は、分けて考えるべきではないかと思いました。後者の場合、単なる原状回復よりも、新たな地域のあり方、新たな産業分野、新たなコミュニティを作り上げることも求められると考えました。先生も復興のことを、「新たな機会」と称していらっしゃったように、復興をネガティブな状況を除去するものと捉えるよりは、ポジティブな側面を作り出す機会として考えるべきだと思いました。 また、質問対応の時に、「人間のための技術」について言及されたことに大変感銘を受けました。私自身も日頃から技術発展において全ての人間を取り込めるような、コミュニティ全体に目を配った技術を発展させていくべきだと思っていました。私も都会で生まれ育った者として、農村や農業に関する無意識の偏見を沢山持っているだろうと思いますが、だからこそよりその地域で生きていく人々の視点から考えることが大事だと改めて考えました。
  17. 昨年、福島県の川内村に1ヶ月滞在し、村人五十人以上と話した時に見た目の復興は終わっているが、人々の心の復興、人々の繋がりの復興はまだまだだなと感じた。震災、コロナにより失われた農業に根ざした文化の減退、喪失、極端な少子高齢化により活気がなくなる一方。この点はおそらく飯舘村にも言えることだと思う。溝口先生もおっしゃっていたが、この問題を解決するのは非常に難しい。だが解決の糸口は見えているのではないかと思う。川内村では官民共同で川内村未来デザイン会議というのを立ち上げて移住促進、村の活性化を図っている。村内だけではなく、村に関わりのある私のような村外の人間もその会議に参加することで、村民による村民のための復興ではなく、外から見た川内村の視点も導入されているのがポイントだと思う。一日旅行客ではなく、村外にいながらも村と深い関わりのある人をできるだけ集めて関係を繋げ続けることが復興への第一歩なのではないかと考える。
    (回答)関係人口の問題ですね。
  18. 今回の授業では、農村とは単なる生産の場ではなく、人が農業を通じて生活し、その営みを続けていく場であるというお話がとても印象的だった。農村には生産活動という枠を超えた人々の生きた活動があることは、考えて見れば当然のことではあるが、普段の生活で農作物を消費する中で、その背後に必ずあるはずの農村の生活に対しては意識が希薄になっていたことに気づかされた。
    このように、生活の場としての農村の姿に対する理解が十分でないということは、現地の復興に対する大きな障壁となり得ると思われるが、この理解を広める上ではどのような取り組みが求められるのか。
    この問いに対しては多様な回答が考えられるが、少なくとも単一的なアクターだけでは解決できない問題であることは確かだと思う。まず第一に、国や地域の行政、学術機関や研究者、市民によるボランティアなどと地域の方々との直接的な交流を通じて、農村社会が抱える問題や、生活の魅力などの情報を引き出す必要があると思われる。その上で、これらのアクターやメディアが相互に協力して、こうした情報を都市部の市民にも広く行きわたるようにする必要があるだろう。その過程では、人口統計や農業生産高などの単なる数字としての情報にとどまらない、農村住民の生の声を全国に届けることが重要であるようにも感じる。こうすることで、農村の抱える課題が単なる政治経済的な問題を越えた、生きた人に関わる問題であることを誰もが意識しやすくなるのではないだろうか。 これは被災した後、今もなお無人化の危機にある農村の復興の為に必須の条件であるだけでなく、全国の農村地域で深刻化する過疎化に歯止めをかける上でも必要になると思われる。
    (回答)農林水産省ビジョン・ステートメントにも、生命を支える「食」と安心して暮らせる「環境」を未来の子供たちに継承することが記されています。
  19. 「現時点での支援活動や支援方法で、果たして2030年に復興庁が廃止された以降でも未来世代が”幸せな”生活をできるのか」という問いを立てたい。被災以前の環境に戻すだけの復興では、当世代以降の将来の世代もそのコミュニティで満足行く生活を送れるか、そもそも将来世代にとっての”満足・幸せ”とは何なのか、それを考慮した復興活動ができてるのかという点が疑問だったからだ。 そこで、当世代はもちろん、将来世代が直面するであろう問題、困難を予想、推測し、それに対して現時点でどう対応できるかという方法でアプローチしていきたい。
  20. 震災と復興、というテーマがしばしば美化されがちであることには以前から個人的に違和感を覚えていました。また、被災していない地の人々が震災直後に独りよがりに音楽を披露しに行って白い目で見られる、などという話も耳にしたことがあり、現地の人々の意識と外野の意識が乖離していることが気になっていました。
    ですので今回溝口先生のお話にあった地道で、ある種泥臭い再興の道はこれまでに得られなかった新鮮な声として届きました。
    震災後に成功体験を強調するタイプの被災地ツアー的なものが見られたことはある程度知っていましたが、なにか他の最適解はなかったものかと今回のお話を聞いていて改めて感じました。地味で見落とされがちな、ビジネスにはならなさそうなものの中にも後世に伝えるべき大切な事柄はあったように思われます。ただ最近は「良い人」展など、素朴だけれども日常の小さな共感を集め昇華させる展覧会などが開催されていますし、今後見方が変わるのではないかという希望的観測も抱きました。現在教養学部の4年で、1年後には広告代理店への就職が決まっているため何かと考えるきっかけになりました。
    そして、新しい形の農業を妨げてしまう「伝統」的な考えが「老害」と表現されたのはなかなかキャッチーで衝撃を受けましたが、都会生まれ都会育ちの身ではそういったことを考える機会がなかったためなるほど納得がいきました。
    とても楽しく、面白い講義をありがとうございました。
  21. 溝口教授自身が、震災が起こって数日後に復興会議を設立されていたり、過去に復興支援を受けた者が支援をし返したような事例があった。結の精神という話もしていただけたが、1人では力の弱い人間が、損得や利益などによらず、他者を助け共同する動機としての、思いやりのこころの可能性を強く再認識した時間だった。これからも様々な危機を解決して行かなくてはならない我々にとって不可欠なものであることに間違いないが、1人にでも多く結の精神を持ってもらうためにはどうしたらよいのか。そもそも他人に促すようなものではないとも思ってしまうが、思いやりで溢れる社会を想像すると、考えずにはいられなかった。アプローチの方法など私の短い人生では到底分からないので、これから沢山時間をかけて模索したい。
    (回答)「思いやりで溢れる社会」というのはとても素敵な表現ですね。是非とも模索し続けてください。
  22. 今回の講義を通じて原発事故後の飯舘村の厳しい現実とそれでも復興を諦めない人々の強靭な意思を感じることができた。今年発生した能登半島の震災では、過疎地の復興に対して消極的な意見(例えば、”未来のない”地域へ補助金を投入することが無駄だと断定する極論)を耳にすることも少なくなかった。個人的にはそのような意見には全く賛同できないが、一方で飯舘村然り能登半島然り地域社会の存続が危ぶまれるような状況であることも事実で、復興の実現可能性に関して諦観を覚えることもある(所詮傍観者の考えだと言われれば返す言葉もないが)。被災地の復興にどのような価値を見出せるのか、と考えている時点で資本主義的発想から抜け出せていないのかもしれない。私は都会育ちではあるが地方創生の分野にも関心を持っている。農村の復興、また過疎化に直面する農村の存続問題全般について都市部と農村部の間で考え方の相違があるのは間違いないと思うし、先ほどあげた復興への消極論もその差異が根本にあって生まれたものではないか。そうした中で社会全体で農村の存続を前向きに議論していくにはどうすれば良いか、という問題を私は感じ取った。農村を農村たらしめていたものの一つが「結の精神」に代表されるようなひと同士の結びつきであることは疑いようもないし、都市化の要因となった資本主義は結の精神と相容れない部分も多いように思う(営利の追求のためにはそれまで積み上げた人との縁を断ち切らなければいけない場面も往々にしてあるだろう)。その意味で資本主義の産物であるITテクノロジィの画一的な導入には危惧すべき面もあると個人的には考える。そこで、打開策となりうるのは農村の互助精神で資本主義をも包摂してしまうこと、つまり農村と都市の間で互いの危機を乗り越えるために物的・知的援助を双方向で行うことだと考えるに至った。農村部の伝統的な暮らし、あるいはそこにIT技術等を取り入れて変化しつつも受け継がれる知見を、都市部での生活に活かせるのなら、それによって双方が双方の存在意義を感じ復興と言った問題が生じた際にも社会全体での問題として考えられるようになる、かもしれない。そういった知見の有用性を考えていくためにも、いつか農村での暮らしを実際に体感してみたい。
    (回答)いつか、と言わずに、今でしょ!
  23. 本授業において、東大生と実際の農家の人々との乖離についての溝口先生の指摘は耳が痛かった。溝口先生が顧問をしている東大むら塾では、東大生と農家の方々がZoomを通じて1時間ほど話す企画を定期的に行っているそうだ。そこでは概して、東大生(特に中高一貫出身)のコミュニケーション能力の低さが露呈されると溝口先生は言う。東大生は、仲間内で小難しいカタカナ語を使うことが多いが、農家の人々はそうした単語が出るたびにぽかんとしてしまうそうだ。東大の授業では、座学だけに終始しないようにディスカッションが設けられることが多く、学問的に実りある高度な議論に発展することも多い。しかし、農学など実学寄りの分野ではどうしても巷で言われているSDGsなどの概念に触れる程度の「それっぽい」議論が出てきてしまうことも事実だ。今回の授業では、東大生と農家の人々の乖離が指摘されていたが、これに対しては現地参加型のプログラムに参加することが一つのアプローチとして挙げられるだろう。机上の空論に陥りやすい東大生であっても、実際に現地に行ってみて、交流をすることでこうした乖離を少しでも埋められるはずだ。
    (回答)正確には、「コロナ禍の時に行ったことがある」です。残念ながらいまは途絶えてしまっています。東大むら塾 金一茶屋
  24. 未来を議論するとき、誰のための未来なのかを考える必要性をはっきりと認識した。これは恐らく「ポスト2050」を掲げる本講義を貫く問いである。
    復興をレジリエンスと読み替え、「再び」幸せになることであると捉えるとき、復興の主役は在地の受難者と考えるのが自然である。しかし、被災地で生き続ける年配の方は、2050年には地上にいないだろう。その時の飯館村の主役は、例えば今回移住した若い世代になっているのかもしれない。さて未来の彼らにとって、現在の復興はどのように位置づけられているのだろうか。もっと言うと、彼らにどのように現在の復興を位置づけてほしいと、我々は期待しているのだろうか。結局、彼らが被災者の分まで生きること、言い換えれば復興の記憶を背負って生きていくことを、我々は暗黙のうちに期待しているように思われる。つまり我々は未来を語りながら、どこかで「今」のため、我々のための未来を語っている気がする。これは困った。
    ここで「我々」ということばを、もう少し慎重に見つめたい。というのも、「我々」という言葉を使うときに、どこかで過去と未来につながった「我々」のニュアンスが無意識にでも含まれているからだ。結局、未来を議論する前提は共同体の存在である。共同体は時空を超える。誰のための未来なのかと問われれば、それは共同体の未来なのだ。ここにおいて、共同体といった虚構の有用性が顕在化する。この概念なくして復興も未来も語れない。
    未来を語る上で重要なのは、常にこうした構造を意識化することであると思われる。なぜなら、共同体は虚構である。自然に生まれて維持されるようなものではない。手入れを怠ればたちまち消えてしまう。
    (回答)哲学的な思索が面白い。この講義をやって良かったと思う。
  25.  溝口先生の「真剣に取り組む人にとっては、これからの農業は面白い」という趣旨のご発言に、とても聞きたかった言葉が聞けた、というような気持ちを抱きました。
     ごく個人的に、農業が例えば昨今の音楽業界のように、とっ散らかった賑やかな場にならないかと思っていました。
     国内の一部の人たちしか知らないのですが、ハイパーポップと呼ばれるような、複数ジャンルの音楽を融合させるような動きを作っているZ世代は、自分の興味・関心と互いへの敬意をこめた友情を基底とした緩やかな連帯を形成しながら、相当自由に活動しているように見えます。そして、ひと世代前のポップスターに比較すれば規模は小さいながら確かなカリスマ性を放ち、そのままの姿で同世代から支持を得ています。それは彼らの音楽のみならず、自分のやりたいことを臆せず追求して形にし、共有する姿勢から発されるものです。そう考えると、音楽制作の部分が農業生産に置き換わって似た現象になることは、不可能ではないように思います。農業と音楽とは、祭祀を通じて古くから密接に関わってきたジャンルでもあります。
     エネルギーが高く、沸沸としていて、才能がある人たちが目指す場所、というイメージへの転回を果たすことが、日本のこれからの農業にとっての突破口になるのではないか、そのためにまず国家や地方共同体には農業をきちんと収入が得られる仕事として地域社会に組み込みなおすことが要請されているのではないか、と考えていました。
     それだけに、質疑応答の時に先生が話されていた「農業を経済の論理に組み込むことが果たして善か」という提起は、かなり衝撃的なものに感じられました。しかし、考えれば考えるほどにこれは真っ当な、正面から議論されるべき問いだと思いました。人類史の長いスパンから見れば、資本主義の興隆はほんのここしばらくのことで、農業との付き合いとの方が余程古いのであってみれば、昨今の社会が農業のあり方を衰弱させるのなら、見直されるべきはその社会システムの側だと考えるべきなのかもしれません。おそらく、競争原理に疑問を抱き、農に根差す生き方に潜在的に共鳴する人々は、若年層・現役世代にも相当数存在します。
     農業を競争社会の中で闘える産業にすることと、農学的アプローチで競争原理そのものを見直すことは、どちらも日本の農業が抱える課題を解決する方策として正当な道筋であるように思われます。しかし、その二者は、根本的な相容れなさを孕んでいます。矛盾を抱えたままでも急務たる担い手の確保といった課題解決に進んでいくことはできるのか、共存はできるのか、どこかで破綻が起こってしまうのではないか、というのが今回の講義から派生して生まれた私の疑問です。
     この疑問に対し、自ら答えを与えていくためには、現時点では知識や現状理解が浅すぎると感じます。少なくとも私は体験的にリアリティを掴む必要があります。ただ、いろいろな所にヒントは隠れていると思います。それは被災地復興もそうで、今回のお話で言えば現場を知ってからものを言う、前例にとらわれずに最善手を探すといった態度面、それに一度ゼロスタートに近い状態になった土地で農業が具体的にどう再出発したかの経緯は被災地に限らず過疎地域にとっても有用な資料になると思います。
    (回答)とても面白い考察です。この講義を通して、農業に関して新たな疑問を派生させられたのは農学部教授冥利に尽きます。是非とも関心を持ち続けてください。
  26. 参加者の一人の「誰が復興の受益者か」という問いが胸に刺さり,震災によって大きな傷を抱えた当事者が復興を享受するためにはどうしたら良いかということについて考える機会を得た.例えば福島第一原発の位置する福島県双葉町では,いまだに町域の大部分が帰還困難区域に指定されており,町民は約100人ほどしかいない.元双葉町民が各地に離散している状況下で双葉町に新たな住民や企業が移転することで,見かけ上では復興しているように見えるが果たしてそれは双葉町の復興なのか,双葉町ではない何かがそこに新しく根付いているだけではないのかと考えざるを得ない.外部資本の誘致による経済的な復興は,原発誘致によるある種のバブルと重なる部分があり一時的なものに過ぎない.これまでの成長志向の復興から,被災者による自発的な協働によって生活の質的な工場を目指す復興へのシフトが今後求められる.
  27. 授業ありがとうございました。初めて現場の話を聞きましたので、生々しくて面白かったです。
    自分の経験から思いついたのは@どうして福島の農産品=買わないほうがいいものというイメージがついたのか、Aどうして13年も経ったのにこのイメージはまだ、少なくとも私にはまだ強いのかという問いです。
    東日本大震災が起きたときはまだ中学校で、しかも外国のことで、あまり記憶にありませんでした。日本に来てから、日本側のメディアの報道+snsと中国のsnsから影響を受け、福島産の農産物をなるべく買わないようにしていました。授業を受けて、頑張って復興する農家さんと先生のように復興を手伝う研究者の姿を見て、福島を応援したい気持ちが湧いてきました。メディアのみでは、現地に何が起きているか、現地の人は何をやったか、特に被災地の人々の個人としての姿は分かりません。
    私は、利己的で、あまり社会に貢献したいとか考えない悪い人間です。自分の周りに起きることじゃない、あるいは自分とか関係ないことなら、いっさい触れません。先生の授業で、復興に頑張る農民たちのストーリーを聞いて、非常に感動しました。これは、私の祖父も農民で毎年、農村に帰って手伝ったことがあるからです。福島のお爺さんたちを自分の祖父に重ねて、親近感と実感が湧いてきました。
    アプローチとかは特に分かりませんが、テレビでよく見る雲の上のような復興計画ではなく、もっと個人のストーリーを聞きたいです。
    (回答)私も福島で一緒に活動してきた農家さんご夫婦を同じ年齢の姉夫婦に重ねながら付き合ってきたからこそ13年間も継続できているのだと思います。まずは、他人事を自分事で考えることが大切なのだと思います。

(企業人)事後アンケート

  1. セシウムが表面5p程度に集積し雨などで移動せず、わざわざ別の場所に移さず、その場で深く埋めて、掘り返ししなければいいということ。内田樹さんの書籍に出てきた「原発神社」を思いだし、正しい知識の大切さを認識しました。
  2. 復興をRegilienceとしたところが新鮮で新たな視点をいただいたような気がします。単なる言葉といわず、人間は言葉でしか他人に伝えることができないのですから言葉は非常に重要と思いました。あと、人生の評価グラフは自分もやっておこうと思います。そのうえで前向きに考えることができればこれからも有益な生活ができそうです。始めることに遅すぎることはない。
  3. 原発事故をきっかけとした大学人としての社会貢献、大学人のあり方を熱意も込めてわかりやすい内容だったと思います。また、先生の実体験をもとにしたレジリエンスという言葉にも重みを感じました。現在、空調業界ではFガス規則やPFAS規制でこれまでの高GWP冷媒・フロン系冷媒を使えなくなっていく流れになっていますが、だからといって、安易にすべてプロパンやCO2に置き換えてしまうと、特に震災などが発生した場合の爆発や中毒といった二次災害が大きくなりやすい冷媒ですので、もちろんリスクアセスは十分に議論されていますが、空調機器のレジリエンスとは?にもつながる内容であったと思います。
  4. 若い人とのかかわり方で「自分の背中を見せて、若い人に何かを残す。老害にならない」「人を助ける開発の重要性→困りごとの解決が重要」とのお話が印象に残りました。これからの再雇用における教訓とします
  5. 東京電力を担当していることもあり、福島復興のために先生が土壌改善をどのようにされているのか大変興味深く拝聴致しました。レジリエンス(という言葉が再び幸せになるという定義であることも含めて)が農業にも当てはまる視点であることや、セシウムの特性(地下10cmに埋めるだけでよかった)についても大変勉強になりました。金もうけに走りすぎている(いずれ破綻する)という指摘は、人新世やマイクロファイナンス(ソーシャル・サステナブルビジネス)でもなされており、農的な生活(人間らしく自然の中で生きる)が目指す姿だと感じました。
  6. 霜柱の話に感動し、「現地で」行われていること・そこでなければいけない理由など改めて感じました。工業ではない・血の通った農業・持続可能な農業という同じ方向を向いた学生さんの質問と議論に感銘を受けました。また、少人数で「質問を考える」という進め方は参考になりました。
  7. 原子力発電所の痛ましい事故からの復興に、土壌の回復がありますが、講義を受けて、汚染土壌の除染方法がわかっていることを知り、素晴らしい取り組みをされていると思いました。
  8. 体調不良で参加できず申し訳です。
  9. 具体的な体験談を聞くことが出来たり、様々な意見が飛び交い、復興に対する考え方の幅が広がった。
  10. 放射性セシウムは汚泥に付着して動かないこと、セシウムで汚染された土壌は表皮を削り取りその場所で穴を掘って埋めておけば、年月が経過すれば問題なくなることを今回新たに知ることができた。人体に対する放射線の許容量は福嶋事故後引き上げられたと記憶している。決めた後何か問題が起こったらそれまでのことを忘れたように基準を引き下げるのが日本の政治と思うと、基準以下なら大丈夫と思えないのが正直なところ。
  11. セシウムが土壌中のある部分に停滞することが興味深かった。また溝口先生のお話・講義の進行が面白く仕事のモチベーションにつながった。
  12. 勉強になったこと:Cs137を含んだ土壌汚染は核種が動かないということ。感想:レジリエンス前後の姿を(その土地が生むであろう効果)を数値で表現するどうなるのか?(先生の年別頑張り度的な資料のような)対象地域の現在〜将来の目標値があれば、テーマの理解が分かるように思いました。
  13. 自分も東大でなありませんが、農業工学を専攻しておりましたので、先生の御研究内容やその根本となる思いや考え方に共感致しました。そのため講義も時間が経つのも忘れて視聴致しました。セシウムを含む表土を埋める処理方法は納得できました。また遠隔監視による工場型の農法はありえないと断言された点は、先生の農業に対する思いが知れて感銘致しました。

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Update by mizo (2024.4.25)