東京大学全学自由研究ゼミナール
週刊・福島復興知学講義(2024)夏のツアー
引率教員
秋光先生、松尾先生、溝口先生、張政遠先生
同行支援:山先生(関西学院大学)、君先生(教養学部)、島田先生(東大応援部OB)
復興知ツアー(8月25-27日)の資料
- 福島復興知学・フィールド学習のしおり(参加者名簿なし)
- フィールド学習のスケジュール(リンク付き)
1日目
問11:伝承館で一番印象に残ったことを5分以内で一言書いてください。
- 放射線の影響で子供を外で遊ばせなくなるというトピックが印象に残りました
- 「人災」
- 震災関連死
- 夢に出る
- 「原子力明るい未来のエネルギー」
- 廃炉
- 病院患者の避難
- 未来のまちの模型
- フレコンバック
- 避難指示区域の変遷
- 事故前の原発広報誌等
- 被災時の情報伝達の難しさ
問12:請戸小学校で感じたことを書いてください。
- 津波の威力と災害が広がるスピード
- 避難をすることの大切さ
- 「全員無事」の凄さ
- 地震発生から10分弱で全員揃い、避難開始できたスピードの速さ
- 捜索にいかせてくれ
- 防災集団移転
- @(遅れた)二転三転する避難 A日々の生活に組み込まれていたモノが瓦礫として取り除かなければいけないものになるのは心にくる
- 地震に伴う津波への意識の変化、災害の段階
- 海や土の匂いがすごくて被災地にいるんだなって実感した
- 保護者をふりきって「とりあずいまは避難」とふみきれた先生
- 1輪のユリが誇らしげに咲いていた。(花はそこのみ咲いていた。)
- 海への近さ(二階からよく見える)
- 津波の脅威、迅速な避難の重要性、震災を直接経験していない世代が字を書けるようになっていることへのなんともいえない心情
- 体育館の床の隆起具合
問13:俺たちの伝承館を見て感じたことを書いてください。
- 記憶のつむぎ方は様々なのだと思いました。
- アートを使った表現の斬新さ
- 震災を伝えるとは何か、科学技術への盲信
- 館主の思いが隅々まで感じられた
- 被写体とカメラマンの想い
- 震災の悲惨さだけでなく復興への希望や勇気を感じれました。
- 住民が不透明な不安に摩耗していき 行政と対立していったこと
- 土地を手放す政策の難しさ
- 2階にあった原発をモチーフにした絵の書き込みがすごかった
- ALPS処理水への不安を煽るような展示物など違和感もあった。
問14:大和田さんの話を聞いて思ったことを書いてください
- 運も実力のうち
- 震災をビジネスチャンスとみなす姿勢に少し違和感を覚えた。
- 災厄をチャンスに変えることの重要性、先端技術の可能性を感じた。
- 復興が経済活動として取り込まれる利点
問15:振り返り時間で発言した内容の要点を書いてください。
- 放射線の影響で子供を外で遊ばせなくなるという過去の状況を新たに知ったということと、企業の具体的な復興の取り組みやその背景を知ることができたという内容。
- 写真や絵を見て被写体とカメラマンから伝わってくる前向きに進んでいかなければならないという強い意思が感じられた。また、請戸小で咲いていたユリが誇らしげに咲いているのを見て勇気をもらった。
- 地域ごとの被災状況、地形的条件などによって復興の方針がまったく異なる
- .除染されて人が戻り店もやっている地域と、原発近くの廃墟、遮断ゲートや高い線量など復興の進展のコントラスト
- 伝承館のできるだけ事実に沿いつつ「人災」を前に出そうとする姿勢と、それが伝わってない部分
- 原発という面からの震災を知れた。地震が起こると国にはマイナスしかないという固定概念があったが、プラスになることもあると初めて知った。
- 原発事故で荒廃した街にある「原子力明るい未来のエネルギー」が皮肉の極みだと思ったが、それは浜通りだけの問題ではなく、特定の企業等に依存することの問題点を暗示していると感じた
- 国の伝承館と「俺たちの伝承館」を比べると、後者の展示には前者には無かった被災者の苦痛や、非科学的とさえ言える不満が見え、行政には届かなかった住民の声がいくつもあったということを感じ取った。
- これまで道徳の教科書など色々なところで請戸小学校についての話を聞いていましたが、実際に見て、その場に行ってみると「全員無事」がどんなに凄いことかをとても感じた。
- 国の伝承館で見たものはネガティブな印象だったがおれたちの伝承館で見たものは希望や勇気を感じられるものがあった
2日目
問21:原発を実際に見た感想を書いてください。
- 映像等で何度も見ていたものをいざ間近で見て事故の現実味が湧いた。恐ろしくも感じられたが、復旧作業のスピードや今後の事故の対策の技術に驚嘆した。
- 原発で作業をしているのは人であるという実感を得た。原発での作業の進め方、安全対策が分かった
- 見た目は通常の工事現場に見えなくもないが、やはり線量計の数値がどんどん上がっているのを見て、原子力災害がまだ続いていることを意識した。
- 様々な工事関係者の人達が出入りしてるのを見て、まだまだ復興半ばで、復興を見えないところで頑張っている人達に感動した。
- 前回と比べて1号機のカバーが進んでいて、着実に復興が進んでいるのを実感した
- 工事現場の壮大さに圧倒された
- 思ったより小さかった
問22:語り部の話を聞いた感想を書いてください。
- 原発を誘致したことの正の面と負の面をお話していたことが印象的だった
- 忘れないように語り部をすること、そして、家族とはなれても自分は被災地に戻ってきたことに地元愛を感じた。
- 美しい海の風景を見ながら、海から来た津波による悲劇を聞いて、自然の恵みと恐ろしさなど複雑な気持ちになった。第二原発への評価も印象に残った。
- 語り部さんが街を大切にしたいと思う気持ちと、現実と向き合い前に進んでいこうという前向きさが感じられた。
- 地元への愛を感じられた
- 地元愛を感じた。孫は戻ってこなかったという話がすごく現実的で悲しくなった。
- 駅が流された話を聞き、復興よりも復旧を望む方もいることを肌で感じた
問23:楢葉ミュージアムの感想を書いてください。
- 震災の被害を受けた町としてだけでなく、地球と人々の歴史を持つ町として楢葉町を捉えられた
- 今までの楢葉町の変遷、そしてそれと関わって来た人の歴史を感じられた。
- 被災地にも震災よりずっと前からの歴史の積み重ねがあることが実感できた。化石や鉱物も興味深かった。
- 歴史資料を公開する形で街の復興を目指す新しいやり方を知った。
- なかなか知ることの出来ない楢葉の歴史を学ぶことが出来た。
- キラキラした石がたくさんあって素敵だった
- 楢葉町は古い歴史がある場所だということが分かった
- 一般的な伝承間のように震災後のみを切り取るのではなく、楢葉という地にフォーカスしていたところ魅力的だった。
- 震災を契機にしつつ、それとは異なる楢葉の歴史の再整理という切り口から地域に根付いた美術館を作ったのが面白かった
問24:飯舘村に入るまでに思ったことを書いてください。
- 寝ていたので分かりません。
- 緑が多い
- ロボットフィールドは復興地域の活動の実験においてよい立地なのではないかと感じた
- ロボットフィールドは広大な土地があり、復興工学のパイオニアになっていくと思った。
- 緑が多くて結構な森に来たなと思った
- ロボットフィールドがすごく大きかった。
- 次第に人や建造物の姿が減っていくのを見た。どちらも、単純な人口の問題なのか震災が関係しているかの区別をつけるのが難しいと感じた
- 風景が綺麗
問25:飯舘村の夜の部についての感想を書いてください。
- 村長さんによる復興のリアルなお話が興味深かった
- 飯舘村の村長にお会いすることが出来て、村に対する愛などを感じた。
- 飯舘村の特色、風土を踏まえたこれからの村について村長にお話いただいたことが印象的だった
- 村長さんと話す機会は少しになってしまったが飯舘ブランドについて話せてよかった。
- 復興についてのお話を明るくてとても親しみやすい村長さんから聞けてよかった
- 村長の考えを知ることができた。
- みんながカレー作りを頑張ってくれたので、カレーがとても美味しかった。村長が日付を超えるまで滞在してくださって、「きらり」にかける思いを感じた。
- 避難先での農業再開など村長の逸話が興味深かった
3日目
問31:ホップ収穫体験の感想を書いてください。
- 農地を作るところから初め1年目にして立派に作物が育つことに感動した。
- 飯舘村の魅力を増すような新たな取り組みが行われていることが印象的だった
- 飯舘村の復興になるように、美味しいビールになるといいなと思った。
- これが飯舘ブランドに繋がるといいなと感じた。
- いい香りがした
- 飯舘村の復興に少し携われたような気がして嬉しい
- 実際に飯舘村に触れることができて嬉しかった。
- 手探りでも良いから、何かを始めてみることの大切さを感じた。もし本職だったら躊躇してしまうかもしれない。
- ホップ院生のみなさんが黙々と熱心に作業されていたのが印象的だった。研究もあり忙しいだろうが並行してこうした活動をしていて、本郷のサークルにも興味を持った。
- 最後にホップが袋詰めされたところで作業の達成感を感じた。
問32:宗夫さん農場訪問の感想を書いてください。
- 「課題が多いのはやりがいがあるということ」という言葉を聞いて、ピンチをチャンスに変えるような前向きさを感じた。
- 今回訪れた地域と飯舘村を比較して、共通点、相違点、参考にできる点について考えた
- 新しいものを取り入れながら農作業をしている姿に大変驚いた。
- 農作業とスマート機械の繋がりを感じられた。
- 津波が来ていない場所の被害が分かった
- 積極的に新しい技術を取り入れようとする姿勢が印象的だった。地震の被害としては東日本大地震よりも数年前の地震の方が被害が大きかったのが驚いた。
- 自分の大切な土地が汚染されてなお、そこを実験場として貸し出して復興や先に進むための足掛かりにできる心持ちに驚いた。
- 東京にいながら田んぼの監視ができるというところに可能性を感じた。就農体験をした人たちは往々にして成果物を見られないためこうして成長過程を見ればより興味を持ってもらえるのではないかと思う。
- 辛い災害の後、それでも復興へ進む希望も感じた。スマート農業も面白かった。
- 畦道を歩きながら、「全部の基盤を支えてるのが農業なんだよってことを、都会の人に分かってほしい」と語っておられた宗夫さんのお姿がとても印象的でした。今回いろんな場所を訪問させていただきましたが、一番福島の解像度を高めてくれたのはここだったかもしれません。助け合って暮らしてきた地元の人々の間で深まっていった分断や当時の家族の状況などをお聞きして、本当につらい時期を過ごされたのだろうと思いました。それでも「ふくしま再生の会」の立ち上げをはじめ大学との連携・ツアー受け入れ・ワイナリーの計画など復興のためにどんどん新しいことに着手されてきていて、その力強さと学び続ける姿勢に圧倒されました。
問33:図図倉庫を訪問した感想(ランチも含む)
- アートで表現する歴史や、放射線の誕生と本日の概要を知ることができた。このメンバーで過ごす最後の食事だったため楽しさの中に寂しさも感じた。
- 人の繋がりで出来た施設でとても面白かった。放射線に対しての自分たちの在り方を話していて、あまりこれまで考えてこなかった考え方で勉強になった。
- 再利用している物でできているのはいいなと思ったし、歴史の説明がわかりやすかった。ご飯おいしかった
- 山葵の水耕栽培を行っている点、それぞれの垂れ幕に描かれていた地球などがとても印象にのこった。
- 俺たちの伝承館とはまたアーティステックな施設だった。人を巻き込みながら飯舘村を盛り上げようと活動する担当の方が素敵だった。
- かんたんすぎず難しすぎない、ちょうど良い展示だと思った。「専門家の監修を受けた、現在正しいとされている知識を芸術の方法で伝える」ことが実践できているからかと思う。ご飯も特にさつまいもが美味しかった。
- あの倉庫ができた根本には、仮設住宅の資材の再利用を検討していた工務店や、設営を行った他の移住者の存在など、協力してまちをつくっていくという姿勢を持った人が集まっているからこそだと感じた。
- 放射線に関するビジュアルの説明が興味を引くわかりやすいものだった。
- 矢野さんが図図倉庫に集まる人々の学びや思考を汲み取ってアーティストさんとともに作り上げた大きな数枚の絵の展示には、どんな美術館の展示より感動しました。自然にいろんなひとが集まって、必要なものが必要なときにふと現れたり、思いがけないひとやものと出会いがあったりして今の図図倉庫があるんだなぁと感嘆しました。
問34:農業体験館きらりの感想(村長に報告予定)
- 部屋は広く、設備も充実していてとても過ごしやすかった。窓からの景色も素敵で、是非もっと多くの人に訪れて欲しいと思った。
- 木のいい匂いがした。快適に過ごすことが出来た。大浴場もとても快適であった。また機会があったら泊まりたいと思った。
- 木の香りがした。ものすごく過ごしやすくて良いお部屋だった
- 宿の明るさが外の暗さと相反していて、夜に外にでたとき心地よかった。また、部屋も広く過ごしやすかった。来ることができればまた来たいと思った。
- 桃が美味しかった。朝起きたら大きな池みたいなものがあってびっくりした。
- 部屋が広く、大浴場もあってとても良かった。包丁があと2本、流し場があと1つあるともっと早く準備できたな、と思った。夜に散歩に行くと真っ暗で、ふだんは電気の力で生きてることを実感できた。
- 部屋も食堂も綺麗ですごく過ごしやすかった。学生や教授、村長のように普段から交流しているわけではない人たちが集まる場をコンスタントに作れると素晴らしいのではないかと思った。
- 非常に立派な設備で驚いた。もっと多くの人に利用してほしい。
- 一泊のお値段がお安すぎて驚愕しています。施設の全部がとてもきれいで、設備も充実していて、良い時間を過ごさせていただきました。
問35:ツアーに参加して考えたことを自由に書いてください。
- 発電所や帰還困難区域など、いくら文字や映像で勉強していても実際に現場に行ってみると全く違う感覚になるので、来て良かった。地元の方々と直接お話することで、事故当時や今も続く苦しみ、また今後の希望、原発を全否定もできない複雑な心情など様々なことが強く心に残った。自分は行政官を目指しているので政策との関わりなども色々考え、貴重な経験になったと思う。
- 地元に住んでいても知る機会が無いような原子炉の構造や放射性物質の仕組みなど、多くの専門的知識を得ることができ、新しい復興の形や日常生活に行かせるような考え方についても深めることができた。仲間と協力して生活するのもとてもいい経験になった。
- 他の人との話し合い、感想から、着眼点が人によって全く異なることを実感できた。その点でも復興には数多くの分野の人が連携して取り組む必要があるということを理解できた。震災が人にもたらした変化が多種多様であったことも印象的だった。科学技術への態度の反省、地域の歴史の振り返り、新たな経済活動への取り組みなど、今回のツアーだけでもさまざまだったがどれも復興を目的としたものだった。
- 福島県に住んでいながら知らないことを知ることができた。特に農業は復興を考えるときにマストになってくると考えた。その上で新たな事業展開や脳作物を利用したブランドを生み出すことで新たな居住者等も増加し、町が豊かになるのではないかと思った。また、皆と意見交換したり、協力したりと貴重な経験ができた。
- 一つ目に、災害復興を考える上ではできるだけ多くの領域の人々が協力することが大切だと感じた。学者だけでは現場が見れない、現場にいては放射線のことを知り得ない、自然科学では復興を成し遂げられないなど一人で解決できない問題しかないことを強く実感した。二つ目に、福島での災害はある意味で特別扱いしてはならないと感じた。もちろん原発事故というイレギュラーはあったものの、長い歴史を考えれば地震津波それ自体は何ら特別なことでもなく、災害が起きることを前提とした社会に転換すべきだと考えた。最後になりましたが、今回のツアーを企画・運営してくださった先生方、本当にありがとうございました。グーグルマップで訪れた場所を見返してみるとたった3日弱で色々な場所を巡ってたくさんのことを学ばせて頂いたことをしみじみと感じました。ツアー全体の素晴らしい構成だけでなく感想シェア・ディスカッションの機会も確保してくださり、素敵なお宿とご飯も容易していただいて、私達の体調も常に気にかけていただいて、とても感謝しています。ほんの一部ではありますが、福島の今を自分の目で見て感じてこられたことがすごく嬉しいです。本当にありがとうございました!
- 毎日が新鮮で初めての体験が続く中、たくさんの学びを得ることができました。地元なのに全然知らないことがたくさんあって今回知れてよかったし、もっと知りたいと思いました。
- 一緒に参加した方々と仲良くなれてうれしいです。普段はなかなか関わることのない方々のお話を聞けたことが非常に貴重な経験となりました。
- 今回参加した方々や色々な方向から復興復旧に取り組む方々の熱意に触れることができ、貴重な体験となりました。とても3日間とは思えないほど濃いツアーでした。人が戻らない土地に人を戻す意味や原子力発電などについて考えることができました。これからは今回のツアーで見つけた問いについてはっきりとした答えはないかもしれないけど考えていきたいです。
- 今回の活動に参加して、改めて震災についてや、原発事故、復興などについて考える機会となりました。展示物を見たり、話を聞き、深く自分の意見を考えることが出来ました。さらに、様々な人と交流することができ、とても学びが多かったように思います。
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Update by mizo (2024.8.29)